藤堂高虎

2024年3月 7日 (木)

本・壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ②(2018/2)・本郷和人

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第三章 関ヶ原の戦い(1)その構造
第四章 関ヶ原の戦い(2)歴史的意義
終 章 歴史が転換する時

 

第三章 関ヶ原の戦い(1)その構造
◇ 将軍権力の二元論
・主従制的支配権  政治権力
・統治権的支配権  「奉公」と「御恩」

鎌倉時代は統治権的支配権
足利尊氏、直義は分担する!
尊氏 軍事
直義 政治

それらが足利義満の頃には一つにまとまる!

◇ 「都」と「鄙」
室町時代は明らかに分かれていた!
・「都」 将軍が支配 先進地帯  京  中部、近畿、中国、四国
・「鄙」 鎌倉公方  後進地帯、田舎  東北、関東、九州

鄙では有力な地方の有力な武士が守護になる!
・甲斐  武田
・下総  千葉
・豊後  大友
・薩摩  島津

都は足利一門である!
・細川、斯波、畠山、………
・一門ではないが、土岐、赤松………

応仁の乱は都の都の守護大名の争いである!
乱後、鄙の守護大名は戦国大名化する!
・秀吉の時代、蒲生氏郷は伊勢松阪12万石から、会津42万石に抜擢!
最終的には90万石と言うが、氏郷は喜ばない!
「こんな田舎では天下争奪時、何も出来ない」
・信長の時代、滝川一益は上野50万石になるが、喜ばなかった!
・秀吉は家康を256万石で関東に追い払う??
・織田信雄は、伊勢・尾張にこだわり、命令拒否で取り潰される!

◇ 関ヶ原の合戦
・本戦
・東北   上杉VS最上
・京・大津 京極VS立花宗茂 
・九州   黒田VS大友
それ以外もある!
・信濃  真田VS徳川
・伊勢
・伊予

では誰と誰が戦ったのか??
・東軍  徳川家康 
 大阪を支配下に置き、秀頼をいつでも殺せる状態
・西軍  毛利輝元? 石田三成? 著者は豊臣秀頼?
 家康の首を取る! 機内に入れない!

「司馬遼太郎 関ヶ原」
これは興奮した!!
その本から関ヶ原の知識を得た!
今では大分修正が入ったが………

◇ 石田三成の戦略は?
・小牧長久手の戦いで家康を臣従させた戦いを参考にする!
・家康の首が絶対条件では無い?
・岐阜城は一日で落城?
【こうなると直江兼続の長谷堂城攻めがだらしない】
・三成は、大垣城、南宮山、松尾山を考える!!
・関ヶ原になる!

◇ 家康の戦略は?
・豊臣家の乗っ取り? 言いがかりをつける?
・前田利長の謀反を言い立てる
・上杉景勝の謀反を言い立てる  
・言いがかりで諸将を見極める?
・戦争を欲し、豊臣家の秩序を破壊する!
・すでに恩賞の約束をしている??
・上杉討伐に付き添った諸将は最初から家康に従うつもりである!

◇ 三成の戦術は? 失敗??
・細川藤孝に田辺城 500ほどの兵に15,000の兵を向けた!
 はんぶんでも7,8000の兵である!
・京極高次の大津城に、立花宗茂、小早川秀包のエースを派遣した!
 二人とも戦意が高く、猛将である!
・島津義弘の夜襲の進言を受け入れなかった!
・鳥居元忠の伏見城には、小早川秀秋、島津義弘が援軍で入ろうとしたが………
・小早川秀秋は西軍とは言えない!!
・大谷吉継は笹尾山に向けて土塁を造っている!
・吉川広家は動かない? 家康は確信している!
・ドイツから来たメッケル少佐は、布陣を見て西軍の勝ちと論じた!
・小早川秀秋の裏切りで勝負あった!
・三成が生き延びれば、大阪城籠城と言う選択肢はあった!
 立花宗茂、小早川秀包、田辺城攻撃の残党、敗残兵、
毛利輝元の軍と合わせて50,000の兵はある!
 西軍に戦うエネルギーは無かった!!

 

第四章 関ヶ原の戦い(2)歴史的意義
◇ 戦後処理
輝元は騙されたのか?
所領安堵されると!!
黒田長政、福島正則が交渉である!
書面にはどこにも所領安堵は書かれていない?

◇ 誤解されている福島正則
酒飲みだったようだ?
改易された時は、家臣は引く手あまただった?
荒くれ大名??
改易されたので、好きに言われる!

◇ 幕府の成立時期!
・徳川幕府 席ガラで勝利した1600年か? 〇
 征夷大将軍の1603年か?
・鎌倉幕府
 1192年 征夷大将軍  イイクニ
 1185年 守護を任命  イイハコ 〇
 1180年 鎌倉入り
・室町幕府
 1388年 征夷大将軍
 1338年 建武式目    〇

あまり意味が無いと思うが………

◇ 家康の査定 ① 戦功重視 裏切りは許さない
小早川秀秋は事前に家康と密約があった?
脇坂安治、朽木元網、小川裕忠、赤座直保!
脇坂安治は家康に連絡を取っていたが、2家は取り潰し、1家は減封!
勝ちが見えてからの裏切りは許さなかった!
・福島正則  清州24万石~安芸・備後半国の49万石
・小早川秀秋 筑前35万石~備前52万石
・京極高次  近江大津6万石~若狭小浜92,000石

ここには出ていないが山内一豊 遠江掛6万石~土佐20万石?
戦場での槍働きは無いが、城を家康に差し出したから???

◇ 家康の査定 ② 一族に甘い
・家康次女・督姫  池田輝政 
・家康三女・振姫  蒲生秀行 亡き後浅野長晟
・秀忠次女・玉姫  前田利常

みんな優遇されているが………
蛍大名?? 妻の身分で出世する???

◇ 家康の査定 ③ 家臣に厳しい
・榊原康政  加増ゼロ
・本多忠勝  息子に加増
・鳥居元忠  加増は無かったが、時間をかけて加増される!
・井伊直政  高崎12万石~彦根18万石 最終35万石
 徳川の戦法は井伊と外様の藤堂である!!
 直政亡き後、直継が継ぐが、弟直孝に変わる!
 直継は上野の安中で3万石になる!

◇ 家康の査定 ④ 敵にも甘い!?
・長束正家  切腹
・前田玄以  安堵されるが改易
・増田長盛  改易 大阪に陣で切腹
・浅野長政  最終的に福島正則改易後、後に入る!
 一族から忠臣蔵が生まれる!

毛利家はなぜ生き残れたのか??
「司馬遼太郎 関ヶ原」
この計数に明るい三成にすれば、毛利の領土を削ら無ければ、
恩賞の土地が無いと!
どうも潰す気だったが、吉川広家が自分に与えられる長門、周防2カ国を、
毛利本家に譲った!!
ここらの家康は詐欺師であるが………
結局吉川広家は岩国3万石になる!!
関ヶ原での毛利秀元は合戦を見ている!
もし毛利の大軍が参戦していたらの思いがある!!
その為吉川広家にはきつかったようだ………
そうなれば長宗我部も参戦するはずである!
吉川広家は黒田官兵衛、長政と仲が良い!!!

◇ 家康の査定 ⑤ 東北と九州の軽視
上杉景勝は家康小山着陣時夜襲を行わなかった?
家康撤退時、追撃しなかった?
最上領を攻める!!
この時期、戦国時代の再来と見て領土拡張に走った!!
・最上義光  加増
・伊達政宗  少しの加増
・上杉景勝  30万石に減封 生かしたと??
東北はどうでもよかった??

九州も同じである?
・黒田官兵衛  長政に加増
・加藤清正   小西行長領を貰う
・島津義弘   本領安堵 攻めるには損害が多い?

家康は家名を残すことにより恩を売った!
上杉、毛利、島津………
佐竹もそうなのか??
・血縁を大事にする
・家臣に厳しい
・外様を優遇
・東北、九州は寛大

譜代には政治を担当させた!
政治と経済を分けたと??

◇ 家康は何故江戸で幕府を開いたのか?
・秀吉の朝鮮出兵の失敗!
・外交から内政重視に変わる!
・東北地方を開発したい! 江戸が都合が良い!
・つまり重商主義から重農主義へ

著者は政治の江戸と、経済の大阪に分かれて成長したと!
大阪都構想は、正しい???

 

終 章 歴史が転換する時
戦いから見えるもの??
◇ 壬申の乱
・「天皇」が生まれる
・国外重視から国内重視
・「日本」の国号を使う
・東の国境が定まる

◇ 青野ヶ原の戦い
・武士の世が生まれる
・将軍権力が確立

◇ 関ヶ原の戦い
・統一国家になる
・外交重視・重商主義から内需拡大へ
・関東・東北の開発が進む
・都が今日から江戸へ! 東に移る!

この後、不破の関は重要ではなくなる!
徳川の防衛ラインは??
・伊勢・藤堂、彦根・井伊で迎え討つ
・福井城に親藩
・尾張・名護屋城を築く
・箱根 小田原城
・越前、美濃、尾張が防衛ラインであると!!

日本もヨーロッパに比べると穏やかである!
こう言う場合は世襲が定着するようだ!
・多神教国家である!
・宗教的弾圧も無い???

◇ 日本は外圧で動く?
・白村江の戦いで負けて危機を感じる
・黒船来襲
・元寇
・朝鮮出兵

東の反乱分子が西へ攻める時に、不破の関、関ヶ原で戦いが起こる!

◇ 天皇は必要か??
・木か金て作れと言った高師直でも、逆に必要性を認めていた!
・天皇は仏教や振動の頂点に達している!

◇ 幕府の置かれた場所は何の理由があるのか??
・鎌倉幕府 一定の発展は出来たが都に劣る?
・室町幕府 なので尊氏は京に幕府を開く
・徳川幕府 東国中心の国造りを行った!

上方の元禄文化、江戸の化政文化が花開く!
関ヶ原が起こる可能性は無くなる!
東の劣等性が西の優等生に挑むことは無くなると!!

◇ 太平洋戦争? 日本は分かれる??
長引けば日本は朝鮮半島のように分断されていた???
その場合は不破関、愛発関、鈴鹿関が38度線か???
京都を首都とする象徴天皇制日本国と、
東京を首都とする共産党書記長の、東日本人民共和国に分かれる!!
この想像は無理がある!!!

 


壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ②・本郷和人

2024年3月 6日 (水)

本・壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ➀(2018/2)・本郷和人

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古代最大の内戦・壬申の乱、室町幕府を確立させた中世の戦闘・青野ヶ原の戦い、
近世最大の会戦・関ヶ原の戦い

三つの戦いがいずれも同じ地(不破=青野ヶ原=関ヶ原)で行なわれたのはなぜか?
また、その結果が歴史を大きく動かしたのはなぜなのか?
この謎解きに、中世政治史を専門とする著者が挑む
考察の過程で、天武天皇が始めた「固関」の意図について、新説を導き出した
歴史の醍醐味を味わえる、スリリングな一冊

 


はじめに
序 章 なぜ関ヶ原(不破)だったのか
第一章 壬申の乱
第二章 青野ヶ原の戦い


第三章 関ヶ原の戦い(1)その構造
第四章 関ヶ原の戦い(2)歴史的意義
終 章 歴史が転換する時

 

はじめに
関ヶ原の古戦場!
疑問点がある??
1 桃配山に家康の兵の居場所はあったのか? 要は狭い??
2 石田三成VS黒田長政・細川忠興はどう戦ったのか?
3 宇喜多秀家VS福島正則は?
4 大谷吉継の陣から小早川秀秋の陣が見える!
  かなり距離があると思うが………
  司馬遼太郎 裏切りを見えぬ目で見たと!

壬申の乱     天武天皇の勝利
青野ヶ原の戦い  後醍醐天皇の敗北
関ケ原の戦い   徳川幕府

なぜこの地で戦うのか?
この戦いで、歴史が変わったと???
決まったと言うべきか???

 

序 章 なぜ関ヶ原(不破)だったのか
◇ 「固関」 律令時代のの朝廷の儀式!
京で何かあった時に、防衛のために関所を固める!
三ヶ所ある!
・越前 愛発関
・伊勢 鈴鹿関
・美濃 不破関

仮想敵は東にいると!!
つまりここから東は、関東と呼ぶ!
東海、中部も関東!!
関西は関東に対して作られ、それまで「上方」と言っていた?

著者の持論がある!
古来日本は一つではなかった?
現在の常識で考えるのでおかしくなる??

明治維新、明治の元老は中国をライバル視し、
日本もそれに負けない歴史があることにする!
そのため神武天皇が紀元前660年に即位したことにする?
・神武天皇 127歳
・崇神天皇 120歳
・垂仁天皇 140歳
でっち上げか??

◇ 秦の始皇帝!
いつも思っていたが、あれだけの広大な領土をどうやって命令を、
法律を行き渡らせるのか??? 読み書きできるのか??
言葉の違いもある!!

日本は中国ほどの広大な領土ではないが、どうやって支配したのか?
自分のまわりにしか興味がない?
古代の日本は隋や唐から学んで日本的にアレンジした律令で国を造った!
土地の私有は無かった!
全て天皇のものだった??
著者は全国津々浦々に支配は及んでいないと??

古代の中国からの玄関は、博多!!
なので瀬戸内の博多~大和、京へのルートがメインだった?
現在の東京~大阪ルート化?

◇ 西は先進で、東は遅れている?
当然文字など読めない?
西と東は当然対立する!
豊かな西国に、荒々しい東国が衝突する!
東から西へ攻める?
そこが不破、関ヶ原だと!!

◇ 著者の戦争の定義と目的??
①  誰と誰が戦うのか?
②  戦争を起こした側はどちらか?
③  何のための戦争か?

戦争には金がかかる!
得られるものは、かかる費用より少なければ戦争は起きない??
普通はそうだが、独裁者であればそうはならないと思うが??
意地がある???

19世紀以降は、敵の大将を討ち取っても勝利にならない!
それ以前は大将を取れば勝った?
・織田信長  今川義元
・毛利元就  陶晴賢
これは敵の大将を討ち取り勝ち!
取れなかった場合は?
・川中島の戦い 引き分け?? 武田の勝ち??

応仁の乱は?
日本を二分した割には印象が薄い!

・山名宗全 土岐氏、大内氏
・細川勝元 赤松氏、京極氏

「呉座勇一 応仁の乱」
では引き分けだと!
著者の分析は?
・山名氏の70年前のリベンジ
・室町幕府の実権を握る
・瀬戸内の交易の支配権を握る
将軍の無力さが暴露されて、実権を握ったのは細川氏!
つまり細川氏の勝ちだと!!

◇ 当時の人口と動員兵力??
よく言われる、奥州藤原氏17万騎???
それにしてはあっけなく滅んだ!!
だいたい人数なんて当てになるのか??

関ケ原の合戦では、20万と言われる兵は疑問が持たれていない………
日本の人口は?
・600年   600万人
・1600年  1,200万人

・1180年 源頼朝20万人VS平維盛7万人!
一桁違っているのでは??
著者の分析は??
・関ケ原  万単位
・青野ヶ原 千単位
・壬申の乱 百単位

◇ 不破 関ヶ原!
東から京へ攻めて来る時に通るのが関ヶ原?
西が防衛ラインをつくる!
地形に合わせる?
結局、突破できれば東の勝ち!
関ヶ原は、東の家康が防衛ラインを破ったので勝ちであると!!

 

第一章 壬申の乱
◇ 672年 天智天皇の崩御後、長子大友皇子と
天智天皇の弟、大海人皇子が争い、反乱になる!

著者の分析!
・645年 乙巳の変!
 中大兄皇子が中臣鎌足と、蘇我蝦夷、入鹿親子を滅ぼす!
 大化の改新で天皇集権体制が整う!
・663年 白村江の戦い 日本は朝鮮半島から撤退
・668年 天智天皇測位
・672年 天智天皇の崩御
 大海人皇子は身の危険を感じる!
 要は権力争いか??
 政敵は殺せ!!
 逆に、相手、大友の皇子を滅ぼせば勝てる!

大海人皇子は吉野へ逃げる!
近江朝廷と戦う!
では戦いの目的は??
・近江朝廷の所在を変えたい
・同時に体制も変えたい

・672年 朝廷は美濃・尾張の人の供出を命じる!
 これは大海人皇子討伐用か??
 大海人皇子は美濃の領地で兵を集める!

鈴鹿と不破をふさぐ!
兵は3,000と言いう!
著者は一桁間違っていると??
関ヶ原に本営を置く! 自分の領地がある!!
近江朝廷は百済救済で疲弊している!
尾張の国宰は2万の兵を、大海人皇子に帰順する!
不破の関が閉鎖されているので、仕方なく帰順した???
大海人皇子はこの国宰を戦い後、殺している?
信用していなかった?

西国は白村江の戦いで疲弊し、兵が集まらない!
大海人皇子の戦略は??
第一 自分の領地が美濃にある
第二 ここで兵を集める
第三 不破の関を塞ぐ

大海人皇子は物部雄君を称賛する!
戦闘行為には加わっていない!
・美濃・尾張で人を集めている情報
・吉野から美濃までの脱出ルートの確保

戦いは??
・大和方面
・琵琶湖東岸
・瀬田橋の戦い
・近江大津宮の攻略 大友皇子自害!

天武天皇は即位後、不破、鈴鹿、愛発に関所を置く!
この関が原が重要だと、著者は主張する!!

◇ 673年 天武天皇即位!
・「大君」から「天皇」に変る!
・神話が作られて、天皇の超越性の理論武装が行われる!
・仏教と神道を両輪とする王権の確立!
・東国への勢力拡大!
・「日本国」の国号も生まれる!
・遣唐使を廃止する!(これはのちに再開する)
・東からの敵に備える!!

 

第二章 青野ヶ原の戦い
◇ 1338年 青野ヶ原の戦い!

◇ 北畠家
・北畠親房 「神皇正統記」を書く!
・北畠顕家 親房の嫡男!
・北畠家は源道親に遡る  頼朝と渡り合う!
・土御門家、久我家、堀川家、中院家が起こる!
・久我家は久我美子の成果!
・中院家の分家が北畠家!

天皇家の家督の問題がある!
後鳥羽上皇は承久の変に敗れる!
幕府は後鳥羽上皇の血筋を天皇に就けたくない!
これからアクシデントが重なり、御嵯峨天皇になる!
北畠家は天皇の側近になる!

御嵯峨天皇から系統が分かれる!
・兄 後深草天皇  持明院統  北朝
・弟 亀山天皇   大覚寺統  南朝

後醍醐天皇は大覚寺統(南朝)である!

後醍醐天皇と北畠親房は相容れない?
・後醍醐天皇  武士を認めない
・北畠親房   武士と協調する


◇ 北畠親房・顕家は奥州に左遷される!
・1335年 尊氏と戦うために奥州の軍を率いて京に向かう!
・1336年 京都で両軍が戦い、尊氏は敗走!
 が、奥州には尊氏派の武士が多い!!
 尊氏は京を再占領する!
 北朝の天皇を担いで室町幕府を開く!
 後醍醐天皇は吉野で南朝を立ち上げる!
・1337年 顕家は本拠地を・移す!
・1338年 鎌倉を30万騎? 50万騎で進軍する???
 それこそ兵站は??
 鎌倉から美濃まで3週間の速度である?
 【これは著者の言う通り信用出来ない?】

◇ 青野ヶ原の戦い
両軍の勢力は分からない?
北畠軍には北条の残党も加わっている!
・北畠軍 結城宗弘
・尊氏軍 高師直

護良親王! 
悪党を支配下に治める!
楠木正成らである!
後醍醐天皇は権限を与えない!
不安があった? 自分にとって代る可能性がある??
結局、悪党は離れ、著者は高師直の下に走ったと??
高師直が言ったとされる??? どうもそう言う考えのようだ!!
これは著者は挙げていない?
「王(天皇)だの、院(治天の君)だのは必要なら木彫りや金の像で作り、生きているそれは流してしまえ」
これは書いている!!
「土地は実力奪え、文句を言われたら俺が何とかする」
悪党も高師直の下に集まる??
【個人的には好きな武将である!】
【変わっている人間なので、松永弾正、斎藤利三らのファンである】

美濃守護の土岐頼遠! 実力派であるが………
笠懸の帰りに行き会った光厳上皇の牛車に対して、
下馬を命じられるが、酒に酔った勢いに任せて
「いんだと? 『いぬ』のことか 犬ならば射てくれよう」
流石に断首されているが………

◇ 青野ヶ原の戦いの結果は?
著者の見解は、京へ行けなかった北畠顕家の負け?
目的は京への進軍である!
出来ていないから負けだと!
美濃を抜けずに、伊勢、伊賀、大和に行く!
ここで高師直に負け、吉野に行けず、堺自害、戦死と言う!

北畠親房は関東に逃れて「神皇正統記」を書く!
博学だと!
関東での再起は失敗し、後醍醐天皇が亡くなり、吉野に帰る!
後村上天皇と一時的には京を占領するが負けて吉野に戻る!
病死するが、顕家の死の果実をものにした………

「飛鳥尽きて良弓蔵れ 狡兎死して走狗烹らる」
高師直らも殺される!!

◇ その後………
尊氏の勝利であるが、尊氏側も内部で揉めている!
北朝の勝ちだが、負けた方が南朝を担ぐ!
使い道があった………

北畠家は戦国大名になる!
具教は信長と対立、塚原卜伝に従事し「一の太刀」を伝授される!

「神皇正統記」は後世
の歴史に影響を与えた!
天皇の正当性である!!

明治政府は南朝の正当性を主張する!
ところが明治天皇は北朝である!
と言うことは令和天皇も北朝か??
この回答は「神皇正統記」にある!
つまり、三種の神器を持つ天皇が正式な天皇だと!

著者は、三種の神器は複数あると??
① 後醍醐天皇が恒良親王に持たせた神器
② 後醍醐天皇は足利尊氏に降伏し、持っていた三種の神器を北朝の光明天皇に渡す
③ 嫌だと言って吉野逃げ「朕の持っている三種の神器こそ本物だと」

そして著者の主張は
「正式な天皇が持っている三種の神器こそ、本物の三種の神器である」

草薙剣は壇ノ浦の戦いで海に沈む………
今上天皇は草薙剣に代る剣を持っている!
熱田神宮には神宝として、草薙剣がある!
八咫鏡も伊勢神宮にもある?
本物はどれか???



壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ➀・本郷和人


2023年11月21日 (火)

本・戦国武将 虚像と実像 ②(2022/5)・呉座勇一

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第五章 石田三成  君側の奸だったのか?
第六章 真田信繁  名軍師だったのか?
第七章 徳川家康  狸親父だったのか?
終 章 大衆的歴史観の変遷
あとがき
主要参考文献

 

第五章 石田三成  君側の奸だったのか?
戦国武将で好きなのは?
・明智光秀
・石田三成
・蒲生氏郷
・大谷吉継
・松永弾正………

三成のイメージは「司馬遼太郎 関ヶ原」で決まった………


第一節 近世の石田三成像
◇ 江戸時代は、「奸臣」のイメージである!
・「君側の奸」
・「豊臣家の忠臣」 司馬遼太郎 関ヶ原で広まった!

この「奸臣」のイメージを広げたのは?
・甫庵太閤記
・武家事紀  山鹿素行
・武徳大成記 

加賀征伐は無かった??
緊張感はあったが………

奸臣のイメージを肥大化させた?
・石田治部少輔三成記
大悪人として描く!
。直江兼続と共謀
・蒲生氏郷毒殺
・秀次を失脚させる
・会津征伐を誘発させる

◇ 三成に好意的な逸話もある!
・慶長軍記
関が原までは「奸臣」
処刑までを褒める!
処刑前のたんの毒??
かくまってくれた人間をかばい、突き出させる
取り立てられた、三杯のお茶?
ゴマすりか??
水口4万石のうち2万石を割いて島左近を招く!
そう言う話も広がる………

◇ 石田三成「忠臣」論
・西山遺事  水戸光圀
・国事昌披問答
・尾州贈答
江戸時代では少数派である!

◇ 石田三成「好敵手」論
・古今武家盛衰記
・慶長中外伝  堀麦水
250万石に20万石で勝負した!
これは評価出来る!!


第二節 明治・大正の石田三成像
◇ 「徳川史観」からの脱却
明治維新で公然と称賛できるようになる!

◇ 小倉秀貫 関原始末 石田三成事績考
これまでは欠点ばかりあげている!
家康と互角に戦っていると!

◇ 東西修養逸話
失敗したとはいえ、男子一生の面目にあらずや

◇ 渡辺世祐の石田三成論
・秀次を陥れてた?
・蒲生氏郷を毒殺した?
・兼続との連携?
一応否定している!
逆に称賛する!
家康の天下取りを正当化するために貶めた!
己の才を頼み、尊大で峻厳で、敵を作りやすいと!!

◇ 山路愛山の石田三成論
家康を評価している!
三成に好意的ではある!
が、残忍陰険であると!
・蒲生氏郷毒殺は虚伝だと
・上杉会津転封は三成
・秀次事件の黒幕
秀吉のためだと!
天下采配の野心もあった………

◇ 三上参次の石田三成論
家康の天下取りに貢献した??
三成の忠義を称賛している!

◇ 福本日南の石田三成論
三上の意見を、世間知らずと切り捨てる!
【ちょすあもそう言う批判にさらされているようだが………】
秀吉が亡くなった今しか家康を家康を倒せない?
それで立ったと!!
小早川秀秋が裏切らなかったら勝っていた??

◇ 大森金五郎の挙兵正当論
秀吉亡き後、豊臣家は割れる!!
➀ 早決策派  速球に家康を討つ  三成、小西行長
② 永遠策派  家康が死ぬのを待つ  片桐且元
③ 時勢順応主義者 長いものには巻かれろ  加藤清正、福島正則

三成に先見性があると!
座して死を待つよりは………
結果は敗北であるが、快挙だと!!

◇ リアリスト徳富蘇峰の「野望説」
七将襲撃時の家康に救いを求めたのは、誤読?・
・家康と三成は、横綱と前頭である!
・しかるに本気で戦ったのは三成である!
・調子に乗り過ぎた?
・決して恥辱の一戦ではなく、名誉の一戦である!

流石徳富蘇峰である!!
が三成忠臣論には懐疑的である!
弱肉強食の帝国主義を肯定しているリアリストである!
三成評価は強大な敵に立ち向かったからだと!!


第三節 戦前・戦後の石田三成像
◇ 戦前の歴史小説における石田三成
昭和期である!
・直木三十五  関ヶ原
・鷲尾雨工   関ヶ原 序篇、関ヶ原 本篇
・尾崎士郎   石田三成、篝火、雲悠々
忠臣としているようだ………

◇ 戦時下の石田三成顕彰
・昭和16年 1941年 三成の故郷で
「石田三成公事跡顕彰会」が結成される!
翌年 「石田治部少輔出生地」の顕彰碑の除幕式が行われる!
文部省参与・池崎忠孝が言う!
石田三成がいなければ一人の義士もいない!
・文官風の軟弱漢ではない!
・傲慢? 人間欠点はある!
評価が高い!!!

◇ 司馬遼太郎 関ヶ原!!
司馬遼太郎も三成忠臣論である!!
しかし三成の性格的欠陥を抉り出している!
・豊家の恩だけで人は動かない
・人間に期待し過ぎ
・武家はこうあるべし
・島左近に指摘させる!
実際野心は無かったのか??
司馬遼太郎によれば、北条執権のようなものなのか??
ただし北条執権も相当えげつないが………

◇ 三成に意外な側面
忠臣、佞臣、奸臣???
・讒言により人を陥れていない
・秀吉に忠言したとも思えない

ただ慶長元年 1596年 26聖人殉教事件!
最終的には26人で住んだようだが………
これは諫言したようだが、唯一の例か???


【番外編 個人的に好きなエピソードである】
出典は分からず、司馬遼太郎の想像力もあると思うが………
・司馬遼太郎  浅野幸長が、三成がいなくなって世の不正を不正とも思わなくなった?
・堺屋太一   毛利輝元が季節外れの桃を献上したが、三成が季節外れの桃で、
腹でも下したらどうすと言って断った?

・堺屋太一   輝元の家臣の短刀を三成が欲しがった!
がこの短刀は秀次も見ている!
秀次が欲しがったら困るので直ぐに三成に渡せと!
三成の重要性を家臣に諭す? これは書状が残っていると?

チョット出来すぎの話か?? がこれに尽きると思う!
「司馬遼太郎 関ヶ原」
最後に黒田官兵衛に言わせている!
「あの男(三成)は成功した」
秀吉亡き後、三成のような寵臣まで家康に走ったら、
世の中の秩序はいかなるものになるのか??
これに尽きるのではないか!!!!!

 

第六章 真田信繁  名軍師だったのか?
第一節 近世の真田信繁像
真田と言えば、子供の頃は「白土三平」である!
「真田剣流」「サスケ」
真田忍群??
猿飛?? 人の名前ではない? 術の名前である!
興奮したものである………

◇ 江戸初期は有名ではなかった?? 
真田信繁が本名みたいで、幸村ではない!
真田昌幸は徳川と2度戦っている!
信繁の働きは分からない!

大阪の陣では有名である!
・真田丸
・天王寺口の戦い
この戦いで家康を追い詰める!
島津家久が褒める!
「日本一の兵」
家康が追い詰められたとは書き難い………
当然過小評価されている………

◇ 真田信繁伝説の形成
民間では伝説がある!
九度山に流されて、昌幸が死に信繁が脱出して、
大阪城入城を果たす!
それが伝説になるが、創作である!!
【よく抜け穴が出てくる? 絶対にウソである!】

◇ 真田幸村?
この名前は「難波戦記」に登場する!
称賛されている!
「関東勢百万も候え、男は一人もなく候」
芝居がかっている………
忠臣として扱われている!!

◇ 真田三代記!
昌幸、幸村、大助………
幸村は活躍している??
が、架空の戦いのようだ?
諸葛孔明に匹敵する軍師だと??
創作が多いと!!!

真田幸村と幸村生存説がある?
秀頼を薩摩に落とした??
ここらは否定されている!

◇ 幸村の評価は?
徳川史観によれば、家康が一枚上手である!
民間では人気がある!
浄瑠璃・歌舞伎などである!


第二節 明治・大正の真田信繁像
◇ 明治期の真田幸村は?
明治維新により徳川関係のタブーは無くなる!
・宇治・瀬田への出兵策!
・智謀ではなく忠義に注目される!

◇ 「名将言行録」「通俗日本全史」
南北朝正閏問題?
並立ではおかしいと?
近代歴史学の実証主義に対する反感がある!
「名将言行録」
軍記や講談のエピソードも載せる!
・九度山脱出
・山伏の入城
・大阪冬の陣の積極攻勢
・日本の半分を貰っても裏切らない

ウソでも道徳教育に役に立つなら紹介すべきだと!
一切の野史排除し多数国民をして読史趣味を失わさせるのは本意ではない?

「通俗日本全史」
難波戦記が収録されている!

◇ 福本日南の幸村論
幸村絶賛である?

◇ 徳富蘇峰
家康を非難する!
「忠君愛国」 幸村を忠臣とする!

◇ 立川文庫と真田十勇士
猿飛佐助! 大活躍である!
戸沢白雲斎に見いだされ甲賀で忍びを学ぶ!
真田十勇士は幸村以上に有名になる!


第三節 戦前・戦後の真田信繁像
◇ 戦時下の幸村は?
「少国民教育」
戦争である!  忠義である!
洗脳教育である??
盛んに発行される!!

◇ 戦後の幸村人気 十勇士もか??
・織田作之助  猿飛佐助
・富田恒雄   忍者 猿飛佐助
・尾崎士郎   春や昔大阪城  新説・真田幸村
・村山知義   忍びの者
・司馬遼太郎  風人の門 軍師二人 城塞
・柴田錬三郎  柴錬立川文庫  猿飛佐助
・笹沢志保   真田十勇士
・津本陽    真田任侠記
・井上靖    真田軍記
・池波正太郎  真田太平記
【個人的好みである!! 「白土三平」 「真田剣流」「サスケ」】

◇ 実際幸村は軍師だったのか?
日本人は軍師が大好きである!
そんな本が多い!
「籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決す」
片目、ちんば、小人とハンデを背負っている!
山本勘助が代表例であるが………
宇治・瀬田への出兵も無理だったようだが、
策を進言している!!
軍師のイメージを払拭しなければ実像は見えてこないと!!

 

第七章 徳川家康  狸親父だったのか?
第一節 近世の徳川家康像
◇ 人質時代の苦労は本当か
徳川家康公遺訓
「人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し、急ぐべからず」
人質は事実であるが、今川には厚遇されている??
父広忠が死す! 病死? 殺害??
家臣に殺されたとは書いていない!
竹千代は駿府に留められる!
元服し、元信、義元の元を貰う!
今川一門の娘、築山殿を貰う!
優遇されている! 一門待遇である!
元康と改名する!
今川の横暴、家康主従の苦難を強調するのは、
今川を裏切る理由にするためか??
桶狭間で義元が死に「、今川から離れる!
「元」を嫌い、家康になる!!
「恩をあだで返す」
今川に冷遇されて裏切ったことを理由にする!!

◇ 「信康事件」の真相
信康の妻・五徳 信長の娘である!
夫信康の不行状10ヶ状を信長に送る!
これを酒井忠次が認める?
信康の腹を切らせよと!
家康は??? どうする家康???
・勝頼と戦っているので、信長に逆らえない!
・平岩親吉が自分が腹を切ると?
・結局信康を殺す!

これは謎が多い??
・築山殿が信長を殺し、信康を擁立する?
・築山殿が武田と内通する??
・家康は泣く泣く殺した??

近年の研究では信長の信康殺害命令は否定的である!
織田路線の浜松・家康派VS武田路線に変更の岡崎・信康派!
これも信康殺しの汚名をかぶるのを避けるために、信長の命とした!!

◇ 方広寺鐘銘事件はどう描かれたか
大阪の陣である!
「国家安康」「君臣豊楽」
講和がなされて、因縁をつける!
この怒りを収めるためには?
・秀頼の在江戸
・淀殿の在江戸
・大阪城撤去
受け入れられない!
家康は、天下取りの最後で焦ったと!
片桐且元と大蔵卿局に違うことを言い対立させる?
これを称賛もされていた………

◇ 大阪城の内堀の埋め立ては良策?
家康の策謀を隠蔽するのではなく、積極的に喧伝する?
講和で堀を埋める!
これは講和条件である!
ただ埋めるのは豊臣である!
惣構の塀・矢倉を崩し外堀を埋めるのは徳川!
しかしそのまま二の丸、三の丸も埋めた!
こう言う講和をしたことこそ、豊臣はもうあきらめていた?
そんな印象を受けるが、これも策か?

要は家康は天下人である!
これに逆らうことは、謀反人である!
どんな手を使っても許されると!
力攻めでなく、死傷者を少なくする謀略は、称賛されるべきである!
徳川主観である!!!


第二節 明治・大正の徳川家康像
◇ 明治期の徳川家康評
遠慮なく家康は批判される?
おっぴらに研究が進む!
・星野恒  三位中将藤原家康 源氏を疑っている?
・村岡素一郎 史擬 徳川家康事蹟
これは面白い!!
家康入れ替わりである!
出版されるが、徳川関係者に買い占めた?
圧力がかかった?
500部で絶版になる!

が戦後南条範夫によって、これをたまたま見て発表する!
・願人坊主家康  短編
・三百年のベール
これについて今でも覚えているが、「慶安太平記」にこの話が出てくる!
由井正雪であり、家康が入替りが書かれていた!
何を書いているのかと思ったが……
えらく記憶に残っている!!
家康が源氏の末とは信じられていない!

家康入れ替わり説は?
・八切止夫 徳川家康は二人いた
・隆慶一郎 影武者徳川家康 これは面白かった!

【これを最大に利用したのは「白土三平 カムイ伝」】

◇ 福本日南
家康を、陰険、狡賊、豊臣を欺いて天下を取った

◇ 山口秀高
手堅く、自重忍耐、時節到来時は電光奔雷は英雄の本色

◇ 中村孝也 中立的に書く
とは言いながら家康評価か?
豊臣の責任も言う?

◇ 山路愛山  父は彰義隊に参加!
家康の肯定である!
豊臣の責任を言う!
千姫を嫁がせ直ぐに殺していない!
豊臣は家康の天下を認めるべきである!
要は家康ベタ褒め、提灯記事に見えるが………
「世の史家、多く事実によらずして憶測を事とし、
 家康を曲解し、不徳、配信の人となす」

◇ 井沢元彦
豊臣は徳川に従うべきだった?
中村孝也、山路愛山の説と同じだと!!

◇ 大森金五郎
実力あるものが天下を収める!
豊臣を存続させようと思わなかった・
が家康も評価している!
最終的に天下泰平になった………

◇ 司馬遼太郎 家康以前 ちょっと長いが……
家康は関東八か国という豊臣家大名最大の封土を持っていた
前歴も重かった
かれは前政権である信長の弟分というべき同盟者だったのである
その上、秀吉とも戦ったことがあり、しかも判定勝ちだった
しかし天下の大勢をみて秀吉との和に応じた
そういう前歴と、大領主のぬしであることが家康を利し、
秀吉死後の政局下で、ただ黙っていればよかった
その上、かれは感情家ではなく、驕慢でもなかった
このことがひとびとに安堵感をあたえた
当時、このような人を器量人とよんで、珍重する風があった
多くの器量人がそうであるように、家康は物の上手ではあっても、独創家ではなかった
そのことも、ひとびとの好みに投じたろう
もはや世間は改革や奇想にあきあきしていた
家康は世間のそういう気分に乗り、関ヶ原合戦を経て天下を継承した
かれは秀吉政権のとくに経済体制をよく継ぎ、それを精密にした
鎖国は家康の死後のことで、かれの知るところではない

流石司馬遼太郎だと!!
がこれは徳富蘇峰の受け売りである!!

◇ 徳富蘇峰の家康批判
モノが違うと??
・秀吉の天下統一は家康の協力があってこそである
・家康は想像力が乏しい
・平凡の英雄だと
・家康は止まるところを知ったと!
・関ヶ原では、人巧尽きて天巧至るの妙域に達している
・豊臣は滅ぼすつもりだった
・ほっておいても良かったが………
・大阪の陣では熟柿を捨て渋柿に走る!
・英雄が時代を造るのではなく、時代が英雄を作る!
・時代の産物だと!

司馬遼太郎は影響を受けていると!!

 

第三節 戦後の徳川家康像
◇ 太平洋戦争
開戦前の御前会議?
軍令部総長 永野修身!
アメリカと戦って勝てるか?
との質問に、
「大阪冬の陣の如く、平和を得ても夏には手も足も出ぬような情勢となるような事態は避けるべきだと」
徳川が豊臣を滅ぼした歴史認識が浸透していた?

◇ 山岡荘八
子供の頃、親父の本棚に「山岡荘八 徳川家康 26巻」があった!
吉川英治の全集もあった?
合わなかった」??
二人とも読んでいない!
学生時代、先輩に「三国志」を勧められたが吉川英治はすぐに止めた!

山岡荘八の家康である!
大国、尾張・織田と駿河・今川に挟まれた小国三河!
これをアメリカとロシアに挟まれた日本の運命に重ねる!
従軍記者で戦場に行き、特攻隊員を見送り、平和の悲願を抱いて執筆した?
著者も言う、きれいごとだと??
実際に平和主義者として扱われる???
経営者のバイブルとして読まれる………
家康を聖人化し過ぎている???

◇ 方広寺鐘銘事件の真実
結論は豊臣の落ち度を、徳川が言いがかりを付けた??
「国家安康」
文英清韓は意図的に入れたと!
呪詛の方法であるようだ………
徳川が必要以上に騒ぎた立てて利用したのは事実であると!!

◇ 大阪城内埋め立ての実相
和睦に条件に二の丸、三の丸の埋め立ては入っている!
大坂冬の陣は、大阪が優位ではなかった??
では何故丸裸の条件を飲んだのか?
・追い詰められていた
・時間稼ぎ

二の丸、三のの破却は豊臣の仕事である!
意図的に遅らせようとしたが、それを見抜かれた??
ただ、豊臣が国替えなどの条件が認めれば、違う歴史もあったかも………
「狸親父」のイメージも再考が必要だと!


【映画 関ヶ原】
三成が家康の屋敷に逃げ込み本多正信とやり合う!
大阪ではタヌキオヤジと言うと言う!
関東ではキツネのことをタヌキと言うのか?
キツネ親父と言うのか?
これは面白かったが………
やはりタヌキは避けれないイメージである!!!

 

終 章 大衆的歴史観の変遷
◇ 「革命児信長」像は戦前からある
安部龍太郎の主張! 【好きではない!!!】
鎖国が続いた江戸時代の史観に明治以降もとらわれていると???
これを著者は誤解だと!!
「革命児信長」像は戦前から存在している!

戦後の信長は??
朝廷、既存の権威、権力に挑戦する国内改革者として評価される?

蘇峰は、本能寺の変で死ななければ、朝鮮、中国、東南アジアに進出していたと?
昔の説を新たな発見のように主張する?
そう言うことがあったと知らない?
回帰している??
【著者が並び立てているが、よく分かる!】

◇ 司馬遼太郎によって作られた伝説
司馬遼太郎は見てきたように書く!
それだけの筆力がある!
「司馬遼太郎 作家として許される想像力」
本人が書いていた!
司馬史観?
司馬遼太郎が書いているのだから真実だろうと!
「他人を批判する時、人は皆道徳家になる」
最も好きな言葉である!

司馬遼太郎によってイメージが固定したのは?
・斎藤道三
・明智光秀
・石田三成

個人的に「藤堂高虎」が嫌いである!
これは間違いなく司馬遼太郎の影響である!
知る限り、露骨に隠さず描いている!!!

◇ 時代に翻弄された英雄像
社会の情勢、価値判断により評価は変わる!
秀吉である!!
・江戸時代 幕府が秀吉を非難しても余計に人気が高まる!
・明治時代 立身出世、攘夷、尊王で人気が高まる
・日露戦争時 戦意高揚に持ち上げられる
・戦後   朝鮮出兵を「愚行」と非難される

他にも多い!!
・真田信繁 戦時中は忠義の臣、戦後は一変
・石田三成 戦時中は忠臣、戦後は野心家
・織田信長 戦前は勤皇家、戦後は天皇を越えようとした男
・徳川家康 タヌキ親父から天下泰平を実現した

◇ 江戸時代の人物像の複雑さ
江戸時代である!
人物評価も複雑だと!!
・明智光秀  逆臣??? 理不尽な仕打ちを受けた悲劇の人物
・石田三成  佞臣、君側の奸??  忠臣???
・織田信長  能力の高さに、人徳のなさ!

徳川家康!
江戸時代は批判出来ない対象だった!
・我慢の人
・豊臣家には謀略を用いた
・がこれを称賛する声もある!
・人的損害を少なくしたと?

「大衆的歴史観」
この影響は多いようだ!

◇ 歴史を教訓にすることの危険性
安部龍太郎!
読者が楽しみながら面白く読めて、
「過去から学ぶ」ことで未来の問題解決の突破力になる!
そこまで作品で掲示したいと思うと?
【読んで面白くないので、全然覚えていない!】

エピソードの大半は疑わしいものが多い!
が、ウソでも道徳教育になるなら紹介すべきだと!!

司馬遼太郎の、真偽も定かでない逸話を真実のように語る、
司馬遼太郎の態度は問題があると!!
時代の価値観が歴史観、歴史認識を規定すると!

【個人的意見である! 司馬遼太郎!】
【印象に残る言葉、小説の場面がある】
・他人を批判する時、人は皆道徳家になる (人間というもの)
・話そうか迷い打ち明けられたとき、知っていても大げさに喜ばばなければならない!

播磨灘物語 備中高松城攻防戦! 毛利との和睦!
見たように書く!!
・毛利は5ヶ国削除で講和したい!
彼我の力を冷静に見ての判断である!
黒田官兵衛 大毛利というのたると!! 感動している!

・撤退する秀吉軍を二人の若者が見下ろす!
吉川元春の息子、元長と経言である!
元長が弟に言う!
「秀吉を追うか」
追えば父元春も、叔父隆景もほっておけなくなる!
後年、「経言」改め「広家」は同じような場面に遭遇する!
関ケ原の合戦である!
広家はこれを苦痛とした………

 

あとがき
「俗流歴史本」
・逆説の日本史  井沢元彦
・日本国紀    百田尚樹    

井沢元彦の元ネタは司馬遼太郎で、さらに遡れば徳富蘇峰である?
「大衆的歴史観」の歴史的返還の中で「俗流歴史本」を捉えると!!

 

参考文献

 


本・戦国武将 虚像と実像 ②・呉座勇一

 

2023年11月12日 (日)

2023年 大河ドラマ どうする家康 第43回 関ケ原の戦い

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関ヶ原本戦である!!
九州、四国、丹後、伊勢、東北は無く、信濃のみ真田が登場か??
大阪城である!
秀頼出陣か?? 茶々は出せと言っている??
毛利輝元がその時期では無いと?
情勢を見定めている???
「輝元にお任せを???」
どうもこの時期には裏切っている!!

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裏切っているのは??
吉川広家に小早川秀秋?? 毛利は動かない!
誰よりも長い戦場体験がある!
野戦が得意と言われている家康である!
関ヶ原へ両軍が向かう!!

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小早川秀秋が松尾山に勝手に入ったと??
両軍関ヶ原に移動する!!
三成は家康をおびき出したと思っている?

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笹尾山に三成が、家康は桃配山が陣地である!!
ここにそんなに兵を置けるのか?
2回行っているがどうなのか??
「映画 関ヶ原ではたいそうな本陣があったが」

先陣は名誉である??
ヤル気満々なのが福島正則!
先陣で興奮する??

が徳川としては徳川が先陣でなければならない??
井伊直政が先陣に行く!
俗説なのか?
福島正則と井伊直政の先陣争いのエピソードは無い!
忠吉も絡んでいるが………

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茶々は焦っている!
がここへ北政所の使者が来る!
阿茶局である!
この戦いに秀頼さまは関係なさらぬ方が良いと!

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吉川広家は、弁当を食べて動けぬと!
長宗我部も毛利本軍も動けない!!
小早川秀秋が大谷刑部に襲いかかる!!
大谷刑部の陣に行ったが…………
「司馬遼太郎 関ヶ原 見えぬ目で秀秋を見た」
勝負あった???

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島津は敵中を突破し引き上げる!!
本多忠勝はほっておけと!
が、井伊直政が徳川の名折れだと!!
ここで鉄砲を受け負傷し、その傷で亡くなるのは後日!

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小早川への問い鉄砲は無い!
この裏切りで西軍は総崩れである!
ただ松野主馬は裏切りに参加しなかった!

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茶々は輝元を責める! まさか1日で終わるとは………
関ヶ原で毛利を率いた、毛利秀元は現場を見ている!
もし毛利が参戦していたらと言う思いがある!
戦後、吉川広家への当たりは強かったようだ!!
その時は、長宗我部も参戦する!
面白い展開になるはず!!!」

大谷吉継は墓があり、花が供えてある!
恐らく絶えることはないのだろう!
吉継の陣から秀秋に陣が見える!
相当な距離があると感じた!!

この大谷吉継の最後のエピソードも無い!!

三成は家康の前に!
敗者である??
三成は毅然としている!
「司馬遼太郎 関ヶ原」
ここで最後に、官兵衛が言う!
あの男は成功した???
この時、三成のような寵臣まで家康に走ったら世の中の秩序はどうなったか?
これに尽きると思うが…………

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関ヶ原には行っている!
ここは関ヶ原町と垂井町にまたがっている!
関ヶ原の扱いも差がある!
関ヶ原町は力が入っている!!
垂井町はそれほど力が入っていない?
毛利秀元、長宗我部盛親、安国寺恵瓊、長束正家と、池田輝政、浅野幸長、山内一豊らである!
戦いも無かった!!


【家康ツアーズ】
【決戦場】

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【桃配山】

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【笹尾山】

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【北天満山】

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【床几場】

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【若宮八幡宮】

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【東首塚】

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【西首塚】

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【岐阜関ヶ原古戦場記念館】

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追加!
【大谷刑部墓】

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【松尾山 小早川秀秋】

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【南宮山 毛利秀元】

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【吉川広家陣】

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【宇喜多秀家陣】

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2023年11月 6日 (月)

2023年 大河ドラマ どうする家康 第42回 天下分け目

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伏見城 鳥居元忠である!
家康との別れがある!!
落城するが、歩き巫女は???

三成は檄を飛ばす!
逆賊 家康を討つ!!

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家康は小山である!
小山評定??
あったかどうか疑問視されているが………
福島正則の発言である!!
どうか??

京である!
阿茶局である!!
北政所が救う!!

「司馬遼太郎 関ヶ原」
家康が正信に言う!
ああも見事に寝返れるものだと??
一人くらいは席を立たないのかと!!

真田信幸が家康の元に駆けつける!
父と弟は西に付く!! 「表裏比興の者」

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沼田城に立ち寄る!!

本多忠勝の娘が立ちはだかる!
流石と言うべきか??

この回、前置きが長い!!

小山評定はあったようだ!!
盛り上がる!
家康の天下取りである!!
戦意が盛り上がる!!
が、正信はしらっとしている!!

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家康は??
・上杉の抑えに結城秀康!
・中山道に秀忠、榊原康政、本多正信……… 真田を抑える!
・東海道に家康、本多忠勝、井伊直政………
この時、徳川本軍はどちらか??
秀忠の方だとも言われていた!
どうもどちらとも言えないようだ???
本軍を残した???
家康着陣時、佐竹は(反徳川)家臣が夜襲を進言している!
同じく家康小山撤退時、直江兼続は徳川追撃を主張した!!
伊達政宗もいる!!
関東は不穏なのか??

伏見城攻防戦である!
小早川秀秋が参上!
伏見城に入城しようとして断られる??
島津義弘も断られている???

総攻撃が始まる!
裏切りは無い???
女は落とすが、歩き巫女は??
共にする………

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この時の連絡網は??
京から江戸まで何日かかるのか??
誰が運ぶのか??
伊賀物か???

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どちらも書状をバラまく!
家康は景気が良い!
が、三成は家康弾劾が主である!
この場面、祐筆がが書く???

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前田利長、小早川秀秋は二股をかける!
早々と岐阜城を落とす!!
家康は出陣する!!
秀忠に真田はほっておいて進めと!
真田は降伏する??
「表裏比興の者」 何をするか分からない??

徳川は青田刈りである!!
おびき出すが………
結局は真田の思うつぼ???

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決戦は??
家康が佐和山を突くと見せかけて関ヶ原に誘い出す!
いや、三成が選んだ??

 

【家康ツアーズ】
【伏見  町】

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【明治天皇城伏見桃山城址】

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【模擬天守】

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【伏見城の石垣】

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【義源院】

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【鳥居元忠の血の跡】

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【追加】
【小山評定】

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