真田幸村 本

2023年11月21日 (火)

本・戦国武将 虚像と実像 ②(2022/5)・呉座勇一

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第五章 石田三成  君側の奸だったのか?
第六章 真田信繁  名軍師だったのか?
第七章 徳川家康  狸親父だったのか?
終 章 大衆的歴史観の変遷
あとがき
主要参考文献

 

第五章 石田三成  君側の奸だったのか?
戦国武将で好きなのは?
・明智光秀
・石田三成
・蒲生氏郷
・大谷吉継
・松永弾正………

三成のイメージは「司馬遼太郎 関ヶ原」で決まった………


第一節 近世の石田三成像
◇ 江戸時代は、「奸臣」のイメージである!
・「君側の奸」
・「豊臣家の忠臣」 司馬遼太郎 関ヶ原で広まった!

この「奸臣」のイメージを広げたのは?
・甫庵太閤記
・武家事紀  山鹿素行
・武徳大成記 

加賀征伐は無かった??
緊張感はあったが………

奸臣のイメージを肥大化させた?
・石田治部少輔三成記
大悪人として描く!
。直江兼続と共謀
・蒲生氏郷毒殺
・秀次を失脚させる
・会津征伐を誘発させる

◇ 三成に好意的な逸話もある!
・慶長軍記
関が原までは「奸臣」
処刑までを褒める!
処刑前のたんの毒??
かくまってくれた人間をかばい、突き出させる
取り立てられた、三杯のお茶?
ゴマすりか??
水口4万石のうち2万石を割いて島左近を招く!
そう言う話も広がる………

◇ 石田三成「忠臣」論
・西山遺事  水戸光圀
・国事昌披問答
・尾州贈答
江戸時代では少数派である!

◇ 石田三成「好敵手」論
・古今武家盛衰記
・慶長中外伝  堀麦水
250万石に20万石で勝負した!
これは評価出来る!!


第二節 明治・大正の石田三成像
◇ 「徳川史観」からの脱却
明治維新で公然と称賛できるようになる!

◇ 小倉秀貫 関原始末 石田三成事績考
これまでは欠点ばかりあげている!
家康と互角に戦っていると!

◇ 東西修養逸話
失敗したとはいえ、男子一生の面目にあらずや

◇ 渡辺世祐の石田三成論
・秀次を陥れてた?
・蒲生氏郷を毒殺した?
・兼続との連携?
一応否定している!
逆に称賛する!
家康の天下取りを正当化するために貶めた!
己の才を頼み、尊大で峻厳で、敵を作りやすいと!!

◇ 山路愛山の石田三成論
家康を評価している!
三成に好意的ではある!
が、残忍陰険であると!
・蒲生氏郷毒殺は虚伝だと
・上杉会津転封は三成
・秀次事件の黒幕
秀吉のためだと!
天下采配の野心もあった………

◇ 三上参次の石田三成論
家康の天下取りに貢献した??
三成の忠義を称賛している!

◇ 福本日南の石田三成論
三上の意見を、世間知らずと切り捨てる!
【ちょすあもそう言う批判にさらされているようだが………】
秀吉が亡くなった今しか家康を家康を倒せない?
それで立ったと!!
小早川秀秋が裏切らなかったら勝っていた??

◇ 大森金五郎の挙兵正当論
秀吉亡き後、豊臣家は割れる!!
➀ 早決策派  速球に家康を討つ  三成、小西行長
② 永遠策派  家康が死ぬのを待つ  片桐且元
③ 時勢順応主義者 長いものには巻かれろ  加藤清正、福島正則

三成に先見性があると!
座して死を待つよりは………
結果は敗北であるが、快挙だと!!

◇ リアリスト徳富蘇峰の「野望説」
七将襲撃時の家康に救いを求めたのは、誤読?・
・家康と三成は、横綱と前頭である!
・しかるに本気で戦ったのは三成である!
・調子に乗り過ぎた?
・決して恥辱の一戦ではなく、名誉の一戦である!

流石徳富蘇峰である!!
が三成忠臣論には懐疑的である!
弱肉強食の帝国主義を肯定しているリアリストである!
三成評価は強大な敵に立ち向かったからだと!!


第三節 戦前・戦後の石田三成像
◇ 戦前の歴史小説における石田三成
昭和期である!
・直木三十五  関ヶ原
・鷲尾雨工   関ヶ原 序篇、関ヶ原 本篇
・尾崎士郎   石田三成、篝火、雲悠々
忠臣としているようだ………

◇ 戦時下の石田三成顕彰
・昭和16年 1941年 三成の故郷で
「石田三成公事跡顕彰会」が結成される!
翌年 「石田治部少輔出生地」の顕彰碑の除幕式が行われる!
文部省参与・池崎忠孝が言う!
石田三成がいなければ一人の義士もいない!
・文官風の軟弱漢ではない!
・傲慢? 人間欠点はある!
評価が高い!!!

◇ 司馬遼太郎 関ヶ原!!
司馬遼太郎も三成忠臣論である!!
しかし三成の性格的欠陥を抉り出している!
・豊家の恩だけで人は動かない
・人間に期待し過ぎ
・武家はこうあるべし
・島左近に指摘させる!
実際野心は無かったのか??
司馬遼太郎によれば、北条執権のようなものなのか??
ただし北条執権も相当えげつないが………

◇ 三成に意外な側面
忠臣、佞臣、奸臣???
・讒言により人を陥れていない
・秀吉に忠言したとも思えない

ただ慶長元年 1596年 26聖人殉教事件!
最終的には26人で住んだようだが………
これは諫言したようだが、唯一の例か???


【番外編 個人的に好きなエピソードである】
出典は分からず、司馬遼太郎の想像力もあると思うが………
・司馬遼太郎  浅野幸長が、三成がいなくなって世の不正を不正とも思わなくなった?
・堺屋太一   毛利輝元が季節外れの桃を献上したが、三成が季節外れの桃で、
腹でも下したらどうすと言って断った?

・堺屋太一   輝元の家臣の短刀を三成が欲しがった!
がこの短刀は秀次も見ている!
秀次が欲しがったら困るので直ぐに三成に渡せと!
三成の重要性を家臣に諭す? これは書状が残っていると?

チョット出来すぎの話か?? がこれに尽きると思う!
「司馬遼太郎 関ヶ原」
最後に黒田官兵衛に言わせている!
「あの男(三成)は成功した」
秀吉亡き後、三成のような寵臣まで家康に走ったら、
世の中の秩序はいかなるものになるのか??
これに尽きるのではないか!!!!!

 

第六章 真田信繁  名軍師だったのか?
第一節 近世の真田信繁像
真田と言えば、子供の頃は「白土三平」である!
「真田剣流」「サスケ」
真田忍群??
猿飛?? 人の名前ではない? 術の名前である!
興奮したものである………

◇ 江戸初期は有名ではなかった?? 
真田信繁が本名みたいで、幸村ではない!
真田昌幸は徳川と2度戦っている!
信繁の働きは分からない!

大阪の陣では有名である!
・真田丸
・天王寺口の戦い
この戦いで家康を追い詰める!
島津家久が褒める!
「日本一の兵」
家康が追い詰められたとは書き難い………
当然過小評価されている………

◇ 真田信繁伝説の形成
民間では伝説がある!
九度山に流されて、昌幸が死に信繁が脱出して、
大阪城入城を果たす!
それが伝説になるが、創作である!!
【よく抜け穴が出てくる? 絶対にウソである!】

◇ 真田幸村?
この名前は「難波戦記」に登場する!
称賛されている!
「関東勢百万も候え、男は一人もなく候」
芝居がかっている………
忠臣として扱われている!!

◇ 真田三代記!
昌幸、幸村、大助………
幸村は活躍している??
が、架空の戦いのようだ?
諸葛孔明に匹敵する軍師だと??
創作が多いと!!!

真田幸村と幸村生存説がある?
秀頼を薩摩に落とした??
ここらは否定されている!

◇ 幸村の評価は?
徳川史観によれば、家康が一枚上手である!
民間では人気がある!
浄瑠璃・歌舞伎などである!


第二節 明治・大正の真田信繁像
◇ 明治期の真田幸村は?
明治維新により徳川関係のタブーは無くなる!
・宇治・瀬田への出兵策!
・智謀ではなく忠義に注目される!

◇ 「名将言行録」「通俗日本全史」
南北朝正閏問題?
並立ではおかしいと?
近代歴史学の実証主義に対する反感がある!
「名将言行録」
軍記や講談のエピソードも載せる!
・九度山脱出
・山伏の入城
・大阪冬の陣の積極攻勢
・日本の半分を貰っても裏切らない

ウソでも道徳教育に役に立つなら紹介すべきだと!
一切の野史排除し多数国民をして読史趣味を失わさせるのは本意ではない?

「通俗日本全史」
難波戦記が収録されている!

◇ 福本日南の幸村論
幸村絶賛である?

◇ 徳富蘇峰
家康を非難する!
「忠君愛国」 幸村を忠臣とする!

◇ 立川文庫と真田十勇士
猿飛佐助! 大活躍である!
戸沢白雲斎に見いだされ甲賀で忍びを学ぶ!
真田十勇士は幸村以上に有名になる!


第三節 戦前・戦後の真田信繁像
◇ 戦時下の幸村は?
「少国民教育」
戦争である!  忠義である!
洗脳教育である??
盛んに発行される!!

◇ 戦後の幸村人気 十勇士もか??
・織田作之助  猿飛佐助
・富田恒雄   忍者 猿飛佐助
・尾崎士郎   春や昔大阪城  新説・真田幸村
・村山知義   忍びの者
・司馬遼太郎  風人の門 軍師二人 城塞
・柴田錬三郎  柴錬立川文庫  猿飛佐助
・笹沢志保   真田十勇士
・津本陽    真田任侠記
・井上靖    真田軍記
・池波正太郎  真田太平記
【個人的好みである!! 「白土三平」 「真田剣流」「サスケ」】

◇ 実際幸村は軍師だったのか?
日本人は軍師が大好きである!
そんな本が多い!
「籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決す」
片目、ちんば、小人とハンデを背負っている!
山本勘助が代表例であるが………
宇治・瀬田への出兵も無理だったようだが、
策を進言している!!
軍師のイメージを払拭しなければ実像は見えてこないと!!

 

第七章 徳川家康  狸親父だったのか?
第一節 近世の徳川家康像
◇ 人質時代の苦労は本当か
徳川家康公遺訓
「人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し、急ぐべからず」
人質は事実であるが、今川には厚遇されている??
父広忠が死す! 病死? 殺害??
家臣に殺されたとは書いていない!
竹千代は駿府に留められる!
元服し、元信、義元の元を貰う!
今川一門の娘、築山殿を貰う!
優遇されている! 一門待遇である!
元康と改名する!
今川の横暴、家康主従の苦難を強調するのは、
今川を裏切る理由にするためか??
桶狭間で義元が死に「、今川から離れる!
「元」を嫌い、家康になる!!
「恩をあだで返す」
今川に冷遇されて裏切ったことを理由にする!!

◇ 「信康事件」の真相
信康の妻・五徳 信長の娘である!
夫信康の不行状10ヶ状を信長に送る!
これを酒井忠次が認める?
信康の腹を切らせよと!
家康は??? どうする家康???
・勝頼と戦っているので、信長に逆らえない!
・平岩親吉が自分が腹を切ると?
・結局信康を殺す!

これは謎が多い??
・築山殿が信長を殺し、信康を擁立する?
・築山殿が武田と内通する??
・家康は泣く泣く殺した??

近年の研究では信長の信康殺害命令は否定的である!
織田路線の浜松・家康派VS武田路線に変更の岡崎・信康派!
これも信康殺しの汚名をかぶるのを避けるために、信長の命とした!!

◇ 方広寺鐘銘事件はどう描かれたか
大阪の陣である!
「国家安康」「君臣豊楽」
講和がなされて、因縁をつける!
この怒りを収めるためには?
・秀頼の在江戸
・淀殿の在江戸
・大阪城撤去
受け入れられない!
家康は、天下取りの最後で焦ったと!
片桐且元と大蔵卿局に違うことを言い対立させる?
これを称賛もされていた………

◇ 大阪城の内堀の埋め立ては良策?
家康の策謀を隠蔽するのではなく、積極的に喧伝する?
講和で堀を埋める!
これは講和条件である!
ただ埋めるのは豊臣である!
惣構の塀・矢倉を崩し外堀を埋めるのは徳川!
しかしそのまま二の丸、三の丸も埋めた!
こう言う講和をしたことこそ、豊臣はもうあきらめていた?
そんな印象を受けるが、これも策か?

要は家康は天下人である!
これに逆らうことは、謀反人である!
どんな手を使っても許されると!
力攻めでなく、死傷者を少なくする謀略は、称賛されるべきである!
徳川主観である!!!


第二節 明治・大正の徳川家康像
◇ 明治期の徳川家康評
遠慮なく家康は批判される?
おっぴらに研究が進む!
・星野恒  三位中将藤原家康 源氏を疑っている?
・村岡素一郎 史擬 徳川家康事蹟
これは面白い!!
家康入れ替わりである!
出版されるが、徳川関係者に買い占めた?
圧力がかかった?
500部で絶版になる!

が戦後南条範夫によって、これをたまたま見て発表する!
・願人坊主家康  短編
・三百年のベール
これについて今でも覚えているが、「慶安太平記」にこの話が出てくる!
由井正雪であり、家康が入替りが書かれていた!
何を書いているのかと思ったが……
えらく記憶に残っている!!
家康が源氏の末とは信じられていない!

家康入れ替わり説は?
・八切止夫 徳川家康は二人いた
・隆慶一郎 影武者徳川家康 これは面白かった!

【これを最大に利用したのは「白土三平 カムイ伝」】

◇ 福本日南
家康を、陰険、狡賊、豊臣を欺いて天下を取った

◇ 山口秀高
手堅く、自重忍耐、時節到来時は電光奔雷は英雄の本色

◇ 中村孝也 中立的に書く
とは言いながら家康評価か?
豊臣の責任も言う?

◇ 山路愛山  父は彰義隊に参加!
家康の肯定である!
豊臣の責任を言う!
千姫を嫁がせ直ぐに殺していない!
豊臣は家康の天下を認めるべきである!
要は家康ベタ褒め、提灯記事に見えるが………
「世の史家、多く事実によらずして憶測を事とし、
 家康を曲解し、不徳、配信の人となす」

◇ 井沢元彦
豊臣は徳川に従うべきだった?
中村孝也、山路愛山の説と同じだと!!

◇ 大森金五郎
実力あるものが天下を収める!
豊臣を存続させようと思わなかった・
が家康も評価している!
最終的に天下泰平になった………

◇ 司馬遼太郎 家康以前 ちょっと長いが……
家康は関東八か国という豊臣家大名最大の封土を持っていた
前歴も重かった
かれは前政権である信長の弟分というべき同盟者だったのである
その上、秀吉とも戦ったことがあり、しかも判定勝ちだった
しかし天下の大勢をみて秀吉との和に応じた
そういう前歴と、大領主のぬしであることが家康を利し、
秀吉死後の政局下で、ただ黙っていればよかった
その上、かれは感情家ではなく、驕慢でもなかった
このことがひとびとに安堵感をあたえた
当時、このような人を器量人とよんで、珍重する風があった
多くの器量人がそうであるように、家康は物の上手ではあっても、独創家ではなかった
そのことも、ひとびとの好みに投じたろう
もはや世間は改革や奇想にあきあきしていた
家康は世間のそういう気分に乗り、関ヶ原合戦を経て天下を継承した
かれは秀吉政権のとくに経済体制をよく継ぎ、それを精密にした
鎖国は家康の死後のことで、かれの知るところではない

流石司馬遼太郎だと!!
がこれは徳富蘇峰の受け売りである!!

◇ 徳富蘇峰の家康批判
モノが違うと??
・秀吉の天下統一は家康の協力があってこそである
・家康は想像力が乏しい
・平凡の英雄だと
・家康は止まるところを知ったと!
・関ヶ原では、人巧尽きて天巧至るの妙域に達している
・豊臣は滅ぼすつもりだった
・ほっておいても良かったが………
・大阪の陣では熟柿を捨て渋柿に走る!
・英雄が時代を造るのではなく、時代が英雄を作る!
・時代の産物だと!

司馬遼太郎は影響を受けていると!!

 

第三節 戦後の徳川家康像
◇ 太平洋戦争
開戦前の御前会議?
軍令部総長 永野修身!
アメリカと戦って勝てるか?
との質問に、
「大阪冬の陣の如く、平和を得ても夏には手も足も出ぬような情勢となるような事態は避けるべきだと」
徳川が豊臣を滅ぼした歴史認識が浸透していた?

◇ 山岡荘八
子供の頃、親父の本棚に「山岡荘八 徳川家康 26巻」があった!
吉川英治の全集もあった?
合わなかった」??
二人とも読んでいない!
学生時代、先輩に「三国志」を勧められたが吉川英治はすぐに止めた!

山岡荘八の家康である!
大国、尾張・織田と駿河・今川に挟まれた小国三河!
これをアメリカとロシアに挟まれた日本の運命に重ねる!
従軍記者で戦場に行き、特攻隊員を見送り、平和の悲願を抱いて執筆した?
著者も言う、きれいごとだと??
実際に平和主義者として扱われる???
経営者のバイブルとして読まれる………
家康を聖人化し過ぎている???

◇ 方広寺鐘銘事件の真実
結論は豊臣の落ち度を、徳川が言いがかりを付けた??
「国家安康」
文英清韓は意図的に入れたと!
呪詛の方法であるようだ………
徳川が必要以上に騒ぎた立てて利用したのは事実であると!!

◇ 大阪城内埋め立ての実相
和睦に条件に二の丸、三の丸の埋め立ては入っている!
大坂冬の陣は、大阪が優位ではなかった??
では何故丸裸の条件を飲んだのか?
・追い詰められていた
・時間稼ぎ

二の丸、三のの破却は豊臣の仕事である!
意図的に遅らせようとしたが、それを見抜かれた??
ただ、豊臣が国替えなどの条件が認めれば、違う歴史もあったかも………
「狸親父」のイメージも再考が必要だと!


【映画 関ヶ原】
三成が家康の屋敷に逃げ込み本多正信とやり合う!
大阪ではタヌキオヤジと言うと言う!
関東ではキツネのことをタヌキと言うのか?
キツネ親父と言うのか?
これは面白かったが………
やはりタヌキは避けれないイメージである!!!

 

終 章 大衆的歴史観の変遷
◇ 「革命児信長」像は戦前からある
安部龍太郎の主張! 【好きではない!!!】
鎖国が続いた江戸時代の史観に明治以降もとらわれていると???
これを著者は誤解だと!!
「革命児信長」像は戦前から存在している!

戦後の信長は??
朝廷、既存の権威、権力に挑戦する国内改革者として評価される?

蘇峰は、本能寺の変で死ななければ、朝鮮、中国、東南アジアに進出していたと?
昔の説を新たな発見のように主張する?
そう言うことがあったと知らない?
回帰している??
【著者が並び立てているが、よく分かる!】

◇ 司馬遼太郎によって作られた伝説
司馬遼太郎は見てきたように書く!
それだけの筆力がある!
「司馬遼太郎 作家として許される想像力」
本人が書いていた!
司馬史観?
司馬遼太郎が書いているのだから真実だろうと!
「他人を批判する時、人は皆道徳家になる」
最も好きな言葉である!

司馬遼太郎によってイメージが固定したのは?
・斎藤道三
・明智光秀
・石田三成

個人的に「藤堂高虎」が嫌いである!
これは間違いなく司馬遼太郎の影響である!
知る限り、露骨に隠さず描いている!!!

◇ 時代に翻弄された英雄像
社会の情勢、価値判断により評価は変わる!
秀吉である!!
・江戸時代 幕府が秀吉を非難しても余計に人気が高まる!
・明治時代 立身出世、攘夷、尊王で人気が高まる
・日露戦争時 戦意高揚に持ち上げられる
・戦後   朝鮮出兵を「愚行」と非難される

他にも多い!!
・真田信繁 戦時中は忠義の臣、戦後は一変
・石田三成 戦時中は忠臣、戦後は野心家
・織田信長 戦前は勤皇家、戦後は天皇を越えようとした男
・徳川家康 タヌキ親父から天下泰平を実現した

◇ 江戸時代の人物像の複雑さ
江戸時代である!
人物評価も複雑だと!!
・明智光秀  逆臣??? 理不尽な仕打ちを受けた悲劇の人物
・石田三成  佞臣、君側の奸??  忠臣???
・織田信長  能力の高さに、人徳のなさ!

徳川家康!
江戸時代は批判出来ない対象だった!
・我慢の人
・豊臣家には謀略を用いた
・がこれを称賛する声もある!
・人的損害を少なくしたと?

「大衆的歴史観」
この影響は多いようだ!

◇ 歴史を教訓にすることの危険性
安部龍太郎!
読者が楽しみながら面白く読めて、
「過去から学ぶ」ことで未来の問題解決の突破力になる!
そこまで作品で掲示したいと思うと?
【読んで面白くないので、全然覚えていない!】

エピソードの大半は疑わしいものが多い!
が、ウソでも道徳教育になるなら紹介すべきだと!!

司馬遼太郎の、真偽も定かでない逸話を真実のように語る、
司馬遼太郎の態度は問題があると!!
時代の価値観が歴史観、歴史認識を規定すると!

【個人的意見である! 司馬遼太郎!】
【印象に残る言葉、小説の場面がある】
・他人を批判する時、人は皆道徳家になる (人間というもの)
・話そうか迷い打ち明けられたとき、知っていても大げさに喜ばばなければならない!

播磨灘物語 備中高松城攻防戦! 毛利との和睦!
見たように書く!!
・毛利は5ヶ国削除で講和したい!
彼我の力を冷静に見ての判断である!
黒田官兵衛 大毛利というのたると!! 感動している!

・撤退する秀吉軍を二人の若者が見下ろす!
吉川元春の息子、元長と経言である!
元長が弟に言う!
「秀吉を追うか」
追えば父元春も、叔父隆景もほっておけなくなる!
後年、「経言」改め「広家」は同じような場面に遭遇する!
関ケ原の合戦である!
広家はこれを苦痛とした………

 

あとがき
「俗流歴史本」
・逆説の日本史  井沢元彦
・日本国紀    百田尚樹    

井沢元彦の元ネタは司馬遼太郎で、さらに遡れば徳富蘇峰である?
「大衆的歴史観」の歴史的返還の中で「俗流歴史本」を捉えると!!

 

参考文献

 


本・戦国武将 虚像と実像 ②・呉座勇一

 

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