東北 (政宗他)

2024年4月10日 (水)

本・天下人の軍事革新 ②(2023/4)・本郷和人

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第2部 豊臣秀吉 史上初の兵站システム、桁違いの規模とスピード
第3部 徳川家康 戦わずして敵を屈服させる、最大の軍事革新
終 章 なぜ天下を取れたのか

 

第2部 豊臣秀吉 史上初の兵站システム、桁違いの規模とスピード
〇 なぜ信長の目に留まったのか
司馬遼太郎のおかげで歴にの知識は付いた??
それが間違いだと???
司馬遼太郎は見てきたようにエピソードを書く!
「新史 太閤記」 
これは好きであるが、秀吉が信長に取り入る状況は面白い!
命がけである?

・15歳で家を出て針売りの行商で、諸国を放浪!
・草履を懐で温める???
・機転が利く知恵者!!
・台所の炭の利用を減らす!
・壁の修理を一日で!
・武功とは無縁である?
同僚の嫉みはかったようだが………

〇 奇襲成功、城持ちになる
・1567年 稲葉山城攻め!
竹中半兵衛が部下になっている?
・1570年 姉川の合戦!
・1573年 羽柴に改名
・仝  朝倉、浅井滅亡!
戦後、秀吉に「今浜」と改名!
信長の長を貰い「長浜」と改名!
人材を集める!! 石田三成………

〇 4つの軍事革新
「事上磨錬」
実際に行動や実践を通じて、知識や精神を磨き修養すること!
「事上」は行動や業務をしながらで、「磨錬」は磨きをかけること!
日常の業務をこなし、それを通じて修養することが真の学問だとする陽明学の基本的な考え方!

「好機、勝機は現実の中にある!
秀吉の優れていた点!
➀ 圧倒的な兵站力
② 大軍による機動戦
③ 攻勢限界点の見きわめ
④ 文民統制

要は食料などの補給に優れて、20万の兵の動員でも兵站が出来て、
攻撃していても優位の限界点を見極め、攻撃、講和も見極める!
文民統制、シビリアン・コントロールを重要視していた!!

〇 「干し殺し」と「渇え殺し」
「干し殺し」と「渇え殺し」???
前から思っていたが、どう違うのか?
兵糧攻めと言う意味では変わらないが………
・播磨三木「干し殺し」 別所長治
・因幡鳥取「渇え殺し」 吉川経家

どちらも城主が切腹し開城する??
秀吉側の死者は少ないが、城内は悲惨である!!

〇 前代未聞の奇襲
・備中高松「水攻め」 清水宗治
「新史 太閤記」によれば秀吉は大工を連れて来ている?
実際に高さを実測し水攻めになる!
成功するが、水攻めは悲惨か??
ウンコが水に浮いている???
誰も書かないが………
ここも土塁を積むのに百姓の欲に付け込んだ???

秀吉は信長に出馬を願う!
自分が大功を立てることを恐れる??

秀吉は城攻めが得意と言われる!
死者を減らすために包囲する?
が、秀吉が平和主義者ではない?
殺しも躊躇せずに行う??
籠城戦は飢餓で苦しみ地獄だと!!

〇 大軍移動を可能にするインフラ網
・1582年 本能寺の変!
この時、京は空白地帯である!
早いもん勝ちである!
北陸柴田勝家、家康もいる!
「中国大返し」である!
この時の毛利の反応は?
・吉川元春  追撃
・小早川隆景 講和
実際追撃すれば秀吉軍は壊滅か?
その後どうするのか??
・明智と協力するのか?
・それとも明智を撃った信長家臣と戦うのか?
ここは秀吉に恩を売った方が良いと!!

中国大返しは?
・インフラ整備
・恩賞
・退路を断つ! 金銀、兵糧米を分ける!
自ら動いて勝機をつかんだと言う!!

〇 再び動いて勝利する
・1582年 清洲会議
・1583年 賤ケ岳の合戦

にらみ合いとなり、動いた方が負ける?
小牧・長久手の戦いで秀吉が動いて負けた??

風雲! 大歴史実験「豊臣秀吉 驚異の大返し 天下人への秘策に迫る」
歴史の実験である!!! 果たして本当なのか??
検証している番組である!!
大垣から木之本への52キロを5時間で1万の兵と移動する!
アナウンサー 徳田 章
鶴見慎吾、本郷和人、小日向えり
これは見たが、本郷和人も出演している!

これは実証していた? 著者も絡んでいたが………
炊き出しと松明である!
圧勝か??

〇 戦闘に負けて、戦争に勝つ
・1584年 小牧・長久手の戦い
秀吉≒10万!
織田信雄・家康1万7千

ここは秀吉が先に動く!
中入れ! 池田恒興、森長可、秀次2万?
が家康が先手を打ち恒興らは敗退!
家康は直ぐに引き上げる?
秀吉は信雄と講和!
家康ははしごを外される!
秀吉は家康と和睦! が、家康は動かない!
妹を正室に送り込み、母親を人質に出す!

結局、秀吉の政治力と外交力が勝った??
戦闘に負けて、戦争に勝つ!!

〇 武士はつらいよ
司馬遼太郎が書いていたが、秀吉は、
謙信、信玄の古戦場を見て「田舎大名」と言った!!
要は、現場の投機者だと!
戦術家と言うべきか、現場での指揮官で、
戦いは、戦場に行くまでに勝てるように持って行かなければならないと!!

森長可は遺言を残す! 兄が蘭丸である!
・末弟は自分の跡を継いではならない
・娘は町人か薬師でもよい
武士は死と隣り合わせである??

〇 大軍による長征
以降、秀吉は大軍をもって遠征を行う!
・1585年 四国攻め 10万超の兵!
・1587年 島津降伏 20万で攻める!
・1588年 聚楽第で列席を求めるが、小田原北条は列席せず!
・1590年 北条征伐 21万の兵
3ヶ月で降伏! 伊達政宗らが参陣!

〇 なぜ短期間で天下を統一できたのか
兵站力?
長期の遠征が出来る体制を作れたと!
おかげで略奪などしなくてよかった!
これらを仕切ったのが「長束正家」
丹羽長秀の家臣を、秀吉が引き抜いた………

〇 武功よりデスクワーク
五奉行 政務を担当!
石田三成、増田長盛は≒20万石貰っている!
加藤清正、福島正則らと石高は変わらない!
行政能力を重視する!

秀吉は財務能力に行政能力を重視する!
加藤清正もそうである!
佐々成政が肥後で一揆に会い治めれず切腹!
跡は加藤清正と小西行長である!

〇 木を伐る武将
脇坂安治! 賤ケ岳7本槍の一人!
播磨龍野の領主である!
関ヶ原で裏切る??
が秀吉は木の調達を命じる!
具体的に命じる!
今一だったみたいで出世のスピードは遅い!
武断派より文治派を重要視する!
信長とは違う!!
西郷隆盛も信長に通じる!
大隈重信を評価しない? 戦乱から身を引いている?
秀吉は大将が剣を振り回す必要が無いと!

〇 「有能な吏僚=有能な武将」か
五奉行は軍事のプロではない?
加藤清正のように軍事も内政も出来る武将もいるが………
三成は兵站のプロだが、戦闘では??
島津義弘の夜襲案を用いず中立に追いやった??
・浅野長政 武功もあるが行政
・増田長盛 武功もあるが兵站、外交
・長束正家 内政、兵站
・前田玄以 朝廷との交渉、寺社の管理

〇 政治的革新性
・検地   荘園制が崩れる
・刀狩り  農民は農耕に専念すべき
・惣無事令 戦闘を禁じ、領土の確定は秀吉が行う

秀吉はバックボーンがない?
好きなことができる??
家康は帝王学を教育を受けている?

大阪城は、日本有数の巨大城郭で、秀吉の才能を感じる………

〇 兵農分離の真の目的
・1591年 身分統制令
農民が武士になる、武士が町民になるのを禁止する

・1592年 人掃令 戸籍調査である! 

朝鮮出兵に備えたもの?
実際に動員出来る兵の数、食料を確保のためだと?

キリスト教も認めていたが、危険だと感じる?
平和をもたらした???

〇 朝鮮出兵の謎
ほとんど成果がない!
薩摩焼に唐津焼か??

なぜ侵攻したのか??
・名誉欲
・家臣に与える土地の確保 家康を潰した方が良い??
・東シナ海の貿易権益の確保

実際に戦う意義を見つけれなかった?
秀長も亡く、意見できる人間がいなかった………

〇 秀吉は、自分の死後の情勢が見えていた!?
秀頼は実子でない可能性が高い!
妊娠したとされる時期に一緒に居なかった?
耄碌していた? 終活出来なかった?
律義者の家康なら秀頼を守ってくれる???
実際にやっていれば??
・淀君を人質に出す
・国替えを希望する 上総あたり………
・金銀を差し出す?
・出家する???  そうすれば殺せるか???

 

第3部 徳川家康 戦わずして敵を屈服させる、最大の軍事革新
〇 「苦難に満ちた人質生活」ではない
艱難辛苦? 
人質と言っても現在と将来の同盟国の当主である!
粗末にするなと!
親族衆の扱いだった!
太原雪斎に教えられる!
一門の有力家臣の関口親永の娘を貰う!
「元康」の「元」は「義元」の「元」を貰っている!
期待されて優遇されている!

〇 信長の罠、家康の成功 
・1560年 桶狭間の合戦!
家康は命じられる?
・丸根砦の攻撃と大高城へ兵糧を入れる!
・この5つの砦は信長の罠だと!
今川の兵を分散させる!
そのすきに義元を討つ??
成功する!
家康は?
・駿府に戻る
・岡崎に帰る
どうする家康?? 遊びがある??

〇 三河武士は忠義に厚くない!?
御家の狗! 本当はどうか?
三河兵は強い??
武田戦でも三方ヶ原めで連戦連敗である!
以降連戦全勝か?

岡崎に戻り大樹寺に入り攻撃される!
恐らく三河武士である!
この時期は信望があるわけでは無いと?
人質の11年間は主従関係は希薄だったと!
以降結びつきが形成されていく??

〇 人質を見捨てる
氏真は義元の弔い合戦に消極的である!
元康は妻と子供2人を人質に取られている!
1年後、今川を見限り人質を取り戻す!
重臣たちの子弟は殺される………

〇 「捨て石」にされた家康
家康に選択肢はなく、清洲同盟に走る?
家康は忠実に守る! 珍しい同盟だと!
甲相駿三国同盟は破られた………
家康に求められたのは武田の防波堤?
忠実に守る?
が信玄西上では3千の援軍しか送らなかった?
耐えたことが家康を「律義者」にした?

・1562年 鵜殿長照を討ち息子を人質に取り妻子と交換する!
以降屋敷が築山にあったことから、築山殿と呼ばれる!!
築山の両親は自害する!!

〇 騙す家康
家康の三大危機??
・三河一向一揆
・三方ヶ原の合戦
・伊賀超え

三河一向一揆?
本多正信も参加している!
家臣も相当数参加している!

どうする家康!! これは面白かった!!
歩き巫女、千世が煽っている!!
進むものは王土極楽!!
退くものは無限地獄!
みんな武器を持って集まれ!!

後に帰参を許すが、そうしなければ徳川が成り立たない???

〇 武士から武将へ
桶狭間の合戦の前の「結城家法度」
・5貫  徒で参戦
・10貫 馬で参戦
・15貫 侍 本人と従者2人

本多忠勝、榊原康政は50騎、歩兵100人である!
俺が真っ先に行くから続け!
こう言うのが10人はいた?
ここから出世していく!!
清正にしてもそうだが最初は一騎かけで、司令官になる!
鑓働きなどしない?
そんなのは「可児才蔵 笹の才蔵」である!!
「東の本多忠勝、西の立花宗茂」 一騎駆けの豪傑ではない!!

〇 ストレスで性欲減退
武田の攻撃に耐えているとき、子供が出来ていない!
16人の子供で築山殿は2人!
この時期武田のストレスがあったと?
が著者は「冷え切っていたと」
どちらとも言えるが、女無しではおられなかった???

〇 なぜ三方ヶ原の戦いに挑んだのか
そもそも信玄西上は何のためか??
・天下に号令
・信長と決戦
これらは無い??
著者は?
・家康の首
・家康の臣従化
・浜松と岡崎の分断
・三河を手に入れる

家康は信長の援軍を待つ! 3千である??
少ない………
要はじっとしておけと!
信玄は家康を無視する?
これに家康は反発し、三方ヶ原の戦いになった?
著者は単純に信玄が背を見せたから襲いかかっただけと!
浅井長政が信長に襲いかかったように………

信玄はよい時に死んだ! 53歳! 少し早い!
「運も実力のうち」

〇 信康切腹の真相
岡崎と浜松の家臣団の対立!
信康の武田との内通!
・1575年 信康の武田の内通???
未然に防ぐが、信長に連絡しない!
が娘五徳から12ヵ条の不行跡があり、酒井忠次は返事できない!
結局信康切腹、築山殿も殺す………
著者は夫婦仲は冷え切っていたと!

〇 「おまえも息子はかわいいか」
酒井忠次である!
徳川四天王の一人で、石高は少ない!
これを家康に訴えると「おまえも息子が可愛いのか」
信康の件で恨んでいる?
家康亡き後石高は増える!!
家康は我慢していた?
家臣との結びつきは徐々に作られたものだと?

〇 高天神城の戦いと武田氏滅亡
高天神城は武田との境目の城!
著者が重視する境目の城である!
軍事目的の城で状況により不要になる?
・1574年 勝頼はこの城を攻める!
奪取するが、翌年長篠の戦いで多くの名将を失う!

・1578年 家康の高天神城攻略!
信長の命で降伏を許さず、勝頼は家臣の離反を招く!
・1582年 武田氏滅亡!
家康は駿河を与えられる!
本能寺の変で関東は「天正壬午の乱」
上杉、北条と争い、信濃、甲斐を手に入れ、5ヶ国を得る!!

〇 家康には軍事的才能がない!?
努力の人? 実利を求めている!
・勉強好き
・乗馬
・水泳
・鷹狩り
・剣術

軍事に関しては平凡、優れた発想はには縁遠い?
が経験は豊富である!
武田との戦いで鍛えられた………
数年で2ヶ国から5ヶ国になった?
これは大きかったと!!

〇 唯一の名采配
小牧・長久手の戦いでは非凡なところを見せた!
局地戦での勝利を最大限に生かしたようだ!

〇 新たな「我慢」
秀吉は他家の家臣を引き抜く!
・島津 伊集院忠棟
・大友 立花宗茂
・丹羽 長束正家
・伊達 片倉景綱
で石川数正である!
数正出奔後、秀吉に臣従する!
秀吉は目的のためには手段を選ばない!
妹を嫁がせ、母親も人質に出す!
家康は今川、織田に忍従し、再び秀吉に忍従する?

〇 ついに天下取りへ
・1590年 関東に転封! 250万石!
・1592年 朝鮮出兵!
・1598年 秀吉死去
・1600年 関ヶ原の合戦

あったかどうか疑問視されている「小山評定」
・福島正則が真っ先に家康に味方する!
・山内一豊が城と兵糧米の提出を申し出る!
これが重要だったと!
【山内一豊の土佐一国はやり過ぎ??】
【家康は鑓働きなど誰にでも出来る、あの発言が重要だったと??】

〇 関ヶ原の戦に勝っても「勝ち」にはならない!?
家康は勝利を確信していた!!
戦場に側室を連れて来ている!
西軍でまともに戦ったのは、
・石田三成
・宇喜多秀家
・小西行長
・大谷吉継
毛利は動かず、小早川は裏切る!

戦場で勝ち、大阪城から輝元を退出させて、秀頼を手に入れる!
それに成功する!

〇 軍事政権としての統治
徳川は爺臭い??
・大老
・老中
・若年寄り………

大名を分ける?
・譜代
・親藩
・外様

分断して統治する!
本多正信は≒2万2千石でそれ以上貰わなかった?
息子は違ったが………
本多正信は三河一向一揆後出奔して世の中の人間を見てしまう!
権力争いであるが、それを避ける知恵がある??
もっとも大久保忠世を失脚させたようだが………

権力と経済力を分ける!
外様は遠方へ経済力を! 参勤交代で金を使わせる!
・加賀 前田
・仙台 伊達
・肥後 加藤・細川
・安芸 福島・浅野
・播磨・備前 池田 
・筑前 黒田………

譜代は、四天王、鳥居、酒井………
井伊は多いが、他はどうかな??
権力を与える!

〇 空白の14年間
関ヶ原後、大阪城落城までで14年間ある!
その間に何をしていたのか??
著者は分からないと!!
いちゃもんを付けて開戦に追い込む?
見事と言えば見事である!
【司馬遼太郎が言う! 歴史に残る例えを作った?】
【タヌキ親父と言えば家康、淀君と言えば女帝!】

家康は大砲を撃つ! 撃ち続けたようだ………
初めての大砲の大量使用か?
関ヶ原で三成は大砲を使ったようだが………

〇 政治より軍事
家康は軍事優先である!
文治派が低い!
代表が本多正信? 寝業師とも言われる!
家康が求めたのは軍政化?
敵が来た時に戦える統治を行う!
江戸、京、大阪などは信頼のおける武将を置く!
それが家康の政治だと!!

〇 家康の幕府防衛構想
➀ 江戸を含む関東と中部地方は譜代大名で固める
② 娘や嫡孫など近い血縁者を重んじる!

中部 
・加賀 前田は牙を抜かれる!
・西国方面 毛利、島津対策!
彦根・井伊、桑名・本多、津・藤堂、名古屋・尾張徳川、姫路・池田
・北国方面 伊達、最上、上杉、佐竹…………
会津・蒲生、宇都宮・奥平 (一応血縁)

徳川の先鋒は井伊と藤堂!
鳥羽伏見の戦いで藤堂は裏切る!
【司馬遼太郎 藩祖高虎の体臭が染みついている?】
秀吉は水戸―会津を重要視した?
水戸・佐竹、会津・蒲生に上杉!
徳川も水戸・御三家、会津・保科正之!

榊原康政は館林10万石!
行ったことがある!
詫びぶれた町であるが、風情がある!

〇 最大の軍事革新
家康は大名から3つのものを奪う!
「意思」「能力」「対抗力」
・一国一城令
・武家諸法度
・秀吉による刀狩り
・1615年 「元和偃武」の宣言!
武器を倉庫にしまって鍵をかける!

味方の犠牲を極小にして政治目的を達成する!
家康は優れた軍事指揮官であり、政治家である!

 

終 章 なぜ天下を取れたのか
〇 戦国最強の武将は誰か
ナンセンスな質問である!!
好きな武将ならすぐに言える!
・蒲生氏郷
・結城秀康

立花宗茂は上位に来る!
3人の天下人は特別だと?
比較にならないと??
最強は、信長、秀吉、家康になる???
秀吉は信長が死ぬまで、家康も秀吉が死ぬまで耐えた??
佐竹義宣がそう言って信長の名前を挙げた?

〇 信長なくして、戦国時代は終わらなかった
その通りである!
旧価値観を破壊し、社会を更地にした!
途中で倒れるが、秀吉、家康が後を継ぐ………

〇 天下人になるための三条件
・意思
・軍事力
・経済力

何をやったのか??
上記3項目である!!
信長
・各方面軍創設
・経済戦略を志向する
・楽市楽座
・貨幣の統一
・鉄砲の大量使用
・天皇、将軍を利用する
・安土文化

秀吉
・金山銀山の直轄化
・関白就任
・桃山文化

家康
・未開の土地の開墾
・江戸が中心になる!

〇 鉄炮が変えたこと
有効な武器であり、長篠の戦いで威力を見せつけた!
弓矢を操るプロフェッショナルから素人へと戦いが移った?
鉄砲を揃えるには金、経済力が必要である!
人が大量に死に、もういいやと言う話になる??
鉄砲でそれまでの常識が変わる?
・戦術 野戦築城!
・城  大きくなる!
しかし島原の乱で戦いは終わり幕末になる!

〇 統治の成熟
信長政権は信長のカリスマ性で政権は保障された!
死後統治秩序は崩壊した!
神君伊賀超えは、逃げ帰った?

秀吉は死んでも政権は崩壊しなかった!
が、後継者争いで失敗した?
家康に縦深が移るのは当然である!

家康は死後も混乱は起こらなかった?
軍事力、経済力、法律で大名の牙を抜いた!

天下統一は3人で完成・完結した!!

〇 上に立つ者は馬鹿でもいい
長子相続!
3代将軍 家光!
弟の忠長を後継者の動きを家康自らが潰す!
「上に立つ者は優秀でなければならない」
時代はそれより秩序を求めていると!
お家騒動のもとを絶っている??
上がバカでも優秀な家臣が補佐すればよい?

家康の後継者?
・秀康 ここでは出て来ない?
・秀忠
・忠吉
秀康が能力があるが、安定を重要視した!
長子と言うことなら信康、死んでいるので秀康であるが………

〇 圧倒的な軍事力による平和
江戸時代は幕府の圧倒的軍事力で保たれた?
パックス・トクガワ??
ヨーロッパは日本に手を出さなかった?
出せなかった?
やはり軍事力を恐れた!!
家康は周の文王を尊敬していた!
徳をもって国を治めた!
3人の軍事革新で天下統一がなされたと!!!

 


天下人の軍事革新 ②・本郷和人

 

2024年4月 9日 (火)

本・天下人の軍事革新 ①(2023/4)・本郷和人

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群雄割拠の戦国時代、並み居る武将たちを従え、天下統一を成し遂げた織田信長、豊臣秀吉、徳川家康!
彼ら天下人は、いかにして軍事的・政治的勝利を収めるに至ったのか?
本書は、三人が成し遂げた軍事革新を明らかにして、戦争と統治の本質に迫るものである!
具体的には、織田軍の革新性、長篠の戦いで鉄砲よりも注目すべきこと、
秀吉の奇策や大軍移動を可能にしたシステム、なぜ秀吉はデスクワークを重んじたのか、
家康の性欲を減退させるほど苦しめた武将とは、家康の幕府防衛構想………
戦国時代はどのように推移し、終焉したのか? その答えがここにある!

 

著者も書き過ぎか??
内容はダブル??
洗脳しようとしている?
石高による動員数である!
言い方が、そう思わないですか?
結論を読者に判断させる??
金融機関みたい???
内容は下記の通りである!! ① ②と分けて紹介する!!

 


はじめに
序 章 戦国時代の真実
第1部 織田信長 戦国時代に革命をもたらした発想と行動


第2部 豊臣秀吉 史上初の兵站システム、桁違いの規模とスピード
第3部 徳川家康 戦わずして敵を屈服させる、最大の軍事革新
終 章 なぜ天下を取れたのか

 

はじめに
蒲生氏郷である! 好きな武将である! 知っている話は多い!
・陣屋で博打を奨励した? 緊張感を維持できる!
・秀吉が「蒲生氏郷の兵10万と、織田信長様の兵5千が戦えば、勝利するのは織田軍である
 蒲生側が織田兵4千の首を取っても、信長様は必ず脱出しているが、
 逆に織田側が5人も討ち取れば、その中に必ず氏郷の首が含まれているからだ。」と語った
・諸氏を酒宴に招く時に、自分で風呂を沸かして入れた
・家臣への恩賞として「蒲生の名字」と「郷」の偏諱を与えている! 前田利家にたしなめられる?
・西村左馬允は手加減せずに、一度ならず二度も氏郷に勝つが、西村の正直に感じ加増される!
・「銀の鯰尾の兜をかぶり、先陣するものがいれば、そいつに負けぬように働け」
 その銀の鯰尾の兜をかぶるものとは氏郷自身である!

蒲生氏郷は指揮官である!
戦場の鑓働きをしたのか??
そんなのは「槍才蔵」に任せておけばよいと!

源頼朝に義経、北条義時がそんなことしたか?
和田義盛か?? 八幡太郎義家、鎮西八郎為朝!
「三国志」の時代は、呂布、関羽らがいた!
楚の項羽!  自ら戦う!

鎌倉後期から戦法が変わる?
元寇がある?
ローカルから世界標準に変わる???
集団戦である!
兵站のことを考えるなら経済も政治も必要である?
軍事指導者は軍事革新が必要になる?
三人の軍事革新を明かにする!

 

序 章 戦国時代の真実
〇 軍事力とは経済力
・信長 父から貰った津島湊に熱田湊を押さえている!
楽市楽座に南蛮貿易!

・秀吉 経済交通の要所、鉱山を押さえ、南蛮貿易も盛ん!

・家康 250万石の財力に、金山銀山を抑える!

〇 合戦を変えた鉄砲と足軽

第一 室町時代は権力が不安定
・1467~77年 応仁の乱の始まり??
・1493年 明応の政変  これが戦国時代の始まりだと!!
第二 経済の成長に技術力の向上 金銀の産出、農業生産力の向上!
第三 地方勢力の台頭
第四 合戦の規模が大きくなる!

軍事の在り方が変わる!
・武士以外の戦闘員
・集団戦
・鉄砲の登場

〇 史料は信用出来ない!?
奥州17万騎???
それだけいてなぜ負けたのか?

・壬申の乱 両軍2~3万とあるが、実際は1/10で2,600??
・富士川の合戦 平氏7万? 実際は4千!
・承久の変 幕府19万??
せいぜい1万5千?  朝廷2700??

・太平記  幕府軍100万が千早城包囲、正成1千??
・湊川の戦い 足利兄弟50万 正成700????
・応仁の乱  両軍30万も京で戦えたのか?
実情は?????

〇 兵力10倍の常識
中国は10倍が暗黙の了解??
・赤壁の戦い 曹操83万?
・保元の乱  清盛300騎、義朝200騎、源義康100騎!
1日でかたがつく!

・明徳の乱  両軍で1万??

〇 信長と信玄がカチン子で戦ったら?
家臣だけではなく土豪に地侍も徴用する!
100石当たり2.5~3人?
石田三成≒20万石? 関ヶ原では6千と言われっる!

信長
・尾張  57万石
・美濃  60万石
・伊勢1/2 30万石
≒150万石

信玄
・甲斐、信濃60万石

信長は家康が同盟国である!
決戦にならない?

〇 集団戦法の始まり
一騎打ちが主流の戦いを変えたのは??
源義経??
水主梶取 操縦員を殺さない暗黙の了解があった!
これを殺して勝利する?

元寇である!
日本のローカルな戦いは、世界標準に通じない!
集団戦法が重視される!!

〇 致死率が高い一番槍
南北朝時代に一騎打ちはすたれる!
集団戦になる!!
・打ち物騎兵
・弓は歩兵の武器に
・なぎなたに変わり槍
戦いは
・矢合わせ 鉄砲
・槍合わせ
・槍を持った騎馬隊の突撃
・歩兵の突撃

先鋒 名誉とされるが死亡率も高い!
が武士の誉れである!
関ケ原の合戦で先鋒は福島正則!
が井伊直政が徳川が先鋒をと、忠吉と抜け駆けする?

〇 戦国武士の本質
「御恩と奉公」 生きているのか?
河越合戦! 日本三大奇襲攻撃の一つである!
北条氏康VS上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏
8千VS8万 一桁違う………
これに北条が勝つ?
負けた方は家来にして欲しいと!
計算ずくで動いて、忠誠心はあるのか?
鎌倉武士は身命を賭している!

藤堂高虎は8人の主人に仕えている!

〇 世界最大の鉄炮生産力・日本
鉄砲の三大生産地!
・堺
・根来
・国友
世界最大の鉄炮生産力がある!
それだけの技術力があった!

鉄砲は長篠合戦で活躍した??
信長は三間半槍も作る! 6.4mもある!

〇 小大名は消え、大大名が残った
戦闘も常態化し、常備軍が必要になる!
ただし経済力が必要!
1年中合戦が出来る!
要は小大名は生き残れない!
次々消えていく!!

〇 なぜ戦争は起こるのか
・明確な目的
・大義名分
・相手に勝る武力

戦争は先に起こそうとする側が有る!
勝敗は何によって決まるのか?
川中島の合戦である!
謙信は北信濃の豪族が助けを求めたので戦った?
この目的が達成されれば謙信の勝ちである!
実情は武田の損害は大きいが、謙信の目的は達成できなかったので、
信玄の勝ちか???

〇 合戦の終わり方
「決着」と「勝敗」は違う!
負けた場合はどうなるのか?
・自刃
・処刑、断首
・島流し

自刃は
・播磨三木城 別所長治
・因幡鳥取城 吉川経家
・備中高松城 清水宗治

流刑は
・真田親子  九度山
・宇喜多秀家 八丈島

負ければすべて失う! 過酷なものである!!!

 

第1部 織田信長 戦国時代に革命をもたらした発想と行動
〇 なぜ絶対権力者になれたのか
織田家は内部対立がある!!
信長は??
・信秀の三男 一族の傍流?
・信秀は実力者で42歳で死ぬ!
・19歳で跡を継ぐ! 大うつけと言う!!
・美濃の道三の娘を正室に迎える!
・一族と争い、弟・信勝と争う!
・2度の戦いで信勝を殺す!
・信勝には柴田勝家、林秀貞が付き、信長には佐久間信盛、前田利家らである!
・信長を支持しなかったので、諫言できない!
・縛りもなく自分の考えで行動する!

〇 信長を救った三人の家臣
金ヶ崎の退き口で浅井に裏切られて撤退する!
逃げ出す!
殿は、木下秀吉、池田勝正、明智光秀である!
これに成功する………
家康にも知らせていなかった??

〇 不可解な軍事行動
果たして撤退は必要だったのかと??
著者の石高による兵力の検証である!
信長は?
・尾張、美濃  60万石
・伊勢北部   30万石
・近江北部   10万石 計160万石で4万の兵!
これに徳川がいる!

朝倉は越前50万石1万2千で、浅井が2千?
1万5千か?
逃げる必要があったのかと??
信長も編成途中なので逃げた??

〇 「間に合った」秀吉と光秀
経歴も不確かであったが、3人は成功した!
著者は「間に合ったと」????
命を懸けて評価される!!

〇 信長に好かれた男
誰か??
松永弾正である!!
2度裏切る!
先を見る能力がある??
そうなのか?
梟雄であり、信長に常人なら出来ぬことを3つもやった?
・主家の乗っ取り
・足利義輝を殺害
・東大寺大仏殿を焼く

好きな武将の一人である!!

〇 信長の能力評価基準
信長は武功を立てねば認めない!
・万見重元
・塙直政
いずれも優秀な官僚!
大事にされない?
戦場に出して死ねばそこまでである?
ちょっと冷たいが………

〇 抜擢は下剋上を生む
世襲?
朝倉家は重臣の子供が必ず重臣に慣れない??
戦国武将は抜擢人事をしない??
信玄は名家に養子として送り込む?
馬場信春がそうである?
しかし抜擢にはリスクがある??
荒木村重、松永弾正、明智光秀…………
世襲はそのリスクを軽減できると!!

〇 30年後の追放
六角氏の分国法「六角氏式目」
家臣の権利はこうして守る?
家臣あっての大名だと!
が信長はその意識に欠ける!
30年間我慢して追放する!
・佐久間信盛
・林秀貞
時機を選んで追放した!
使い道が無くなり追放した!!!
【松永弾正、荒木村重らは戦った? この二人は素直に追放された?】
【信長に見る目があった! 追放しても反乱まで行わない!】

〇 桶狭間の戦いは奇襲ではない
桶狭間の8年前に、鳴海城の山口教継が今川に寝返る!
その後、山口親子を殺し、岡部元信を送り込む!
信長は鳴海、大高城の奪回を目指して5つの砦を置く!
5つの砦は撒き餌?

著者の持論か?
石高で動員数を見る!
・今川 駿河15万石、遠江25万石、三河30万石の70万石!
そこから1万5千??
・信長 尾張57万石の70%として、1万か?
義元も分散して5千??
これも真実かどうか分からない?

奇襲か? 正攻法か??
どちらにしてもここがチャンスと信長は攻めて勝つ!
非凡な才能である!!
2度と奇襲作戦はしていない!!

〇 織田軍の規模
・1562年 清洲同盟!
信長は美濃攻略である!
美濃三人衆の裏切りで岐阜を落とす!
本拠地を小牧山から岐阜に移す!

・1568年 上洛
柴田勝家、佐久間信盛、森可成、丹羽長秀、木下秀吉である!

〇 最初の天下人は信長ではない!?
「三好長慶」だと!
現在信長は特別な戦国大名でない!
学者と言うものは………
著者は東大出である!
細川重男 出身大学を見下されて何度も馬鹿にされたと!
新しい学説は手柄になるのか???

証拠が無くても良い!
そんなこと後世に残せないと???
明智の子孫と立花京子は時間の無駄か??

三好長慶は京を抑えたが、数千の兵である!
著者の言う通り、やはり信長は特別だと!
特別でなければ戦国時代を終わらせていない!!!

〇 天下統一より自国ファースト
例えば
・毛利は中国、
・島津は九州
・長曾我部は四国
・北条は関東
皆地方で自国ファーストである!
朝倉義景も越前から出て来ない!
やはり信長は特別だと!!

〇 信長包囲網の真実
信長包囲網の主導できる人間はいない?
第一次包囲網 金ヶ崎の撤退時、朝倉、浅井、三好三人衆、六角、顕如
志賀の陣である!

第二次包囲網 信玄西上 朝倉、浅井、三好三人衆、六角、顕如、延暦寺、
三好義継、松永弾正、足利義昭………

第三次包囲網 足利義昭が鞆に逃れる!
毛利、上杉、石山本願寺………

〇 「戦国時代の終わり」はいつか
・1573年 足利義昭追放!
【鞆に逃れ、鞆幕府を開く?? 止めてくれんかのう??】
・1576年 安土城建設
以後各個撃破である!
・1577年 謙信死亡
・1580年 石山本願寺と和議
・1582年 武田氏滅亡

・関ヶ原と言う説は無いのか???
・1615年 大坂夏の陣!

〇 信長が一向一揆を敵視した本当の理由
信長は徹底して皆殺しである!
堺屋太一が書いていた、世界にあって日本にないもの?
・本格的な籠城戦
・ゲリラ戦
・計画的な皆殺し
ただ例外がある! すべてに信長が絡んでいると!

・伊勢長島
・越前一揆
殺しまくっている!!

「どうする家康」
寺では歩き巫女、千世が煽っている!!
進むものは王土極楽!!
退くものは無限地獄!
みんな武器を持って集まれ!!
現実に集まる?

この時代、「村落」は「惣村」に発展する!
一向宗はこれを取り込む!
「死ねば極楽浄土に行ける」

要は、一向宗を恐れる!!
一向宗は天下人を認めない?
所詮相容れない存在である!!

〇 武器と弾薬の独占
鉄砲の有効性である!
信長は?
・砲術家の橋本一巴を召し抱える!
・国友を専属化する!
・1559年 上洛!
堺、大津、草津の支配権を貰う!
鉄炮、硝石などの交易、ルートをモノにする!
敵に渡るのを制限出来る!!

〇 軍事スペシャリストの育成
信長は既成ではなく、自前の親衛隊を作る!
足軽隊を作るが、最初に導入したのは太田道灌!
家臣を城下に集め、常備軍を作るが、経済官僚も必要になる!

〇 富の源泉
「楽市・楽座」
「楽」 自由
「市」 交易・売買
「座」 商工業者の同業組合

これは信長が最初でない!!
各地でやっているので信長では無いと!
しかし信長は各地で行った!
これが経済力と軍事力を生むことになる!

〇 長篠の戦いの革新性は、鉄炮より○○にあり
・1575年 設楽原で織田・徳川と武田が激突!
馬防柵! 夜戦築城である!
最強と言われた武田の騎馬隊の突撃を阻止する!
塹壕、空堀、植林で防御を高める!
千挺か3千挺の鉄砲で狙い撃ちする!
武田1万5千 織田・徳川3万7千!
普通なら撤退する!
信長は攻撃するように仕向ける!
鳶ヶ巣山砦を酒井忠次が攻撃する!
武田は攻撃せざる得ない!
鉄砲の威力を見せつけたが、著者は野戦築城を評価する!!

〇 方面軍の編成
・1575年 信忠に家督を譲る!
それまでに方面軍を作っている!
・1573年 織田信忠軍団 川尻秀隆、森長可
・1575年 北陸方面軍  柴田勝家、佐々成政、前田利家
・1576年 大阪方面軍  佐久間信盛、松永弾正
・1577年 中国方面軍  羽柴秀吉、宇喜多秀家
・1579年 畿内方面軍  明智光秀、細川藤孝、筒井順慶
・1582年 関東方面軍  滝川一益
・仝    四国方面軍  織田信孝、丹羽長秀

・1578年 荒木村重は有岡城にて突如、信長に対して反旗を翻す!
村重も方面軍である!  畿内??

信長は本拠地を変えている!
勝幡、那古野、清洲、小牧山、岐阜、安土………
・1575年 17ヶ国
・本能寺の変前は、30ヶ国!

〇 本能寺の変がもたらしたもの
・1582年 天目山の戦で武田滅亡!
本能寺の変で混乱するが秩序はあったと思われる
・信長残党狩り
・難を逃れるために御所に押し掛ける
・神君伊賀超え?
・各方面軍は撤退! 北陸はまとまっていた!
・光秀も土民の襲撃で死ぬ!
・世情はアナーキーな無秩序状態になる!

〇 カリスマ支配の限界
信長はカリスマ支配で、信長の器量、名声で保たれる!
信長への反乱!
・弟 信勝
・織田家内部抗争
・松永弾正
・荒木村重
・明智光秀

追放は??
・佐久間信盛
・林秀貞
・安藤守就

光秀が失敗していても誰かが裏切る??
・柴田勝家
・徳川家康
・羽柴秀吉

秀吉、家康が死んでも無秩序にはならなかった!
信長の代わりは誰も出来ない!
異彩を発している!!!

 

天下人の軍事革新 ①・本郷和人

 

2024年3月 7日 (木)

本・壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ②(2018/2)・本郷和人

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第三章 関ヶ原の戦い(1)その構造
第四章 関ヶ原の戦い(2)歴史的意義
終 章 歴史が転換する時

 

第三章 関ヶ原の戦い(1)その構造
◇ 将軍権力の二元論
・主従制的支配権  政治権力
・統治権的支配権  「奉公」と「御恩」

鎌倉時代は統治権的支配権
足利尊氏、直義は分担する!
尊氏 軍事
直義 政治

それらが足利義満の頃には一つにまとまる!

◇ 「都」と「鄙」
室町時代は明らかに分かれていた!
・「都」 将軍が支配 先進地帯  京  中部、近畿、中国、四国
・「鄙」 鎌倉公方  後進地帯、田舎  東北、関東、九州

鄙では有力な地方の有力な武士が守護になる!
・甲斐  武田
・下総  千葉
・豊後  大友
・薩摩  島津

都は足利一門である!
・細川、斯波、畠山、………
・一門ではないが、土岐、赤松………

応仁の乱は都の都の守護大名の争いである!
乱後、鄙の守護大名は戦国大名化する!
・秀吉の時代、蒲生氏郷は伊勢松阪12万石から、会津42万石に抜擢!
最終的には90万石と言うが、氏郷は喜ばない!
「こんな田舎では天下争奪時、何も出来ない」
・信長の時代、滝川一益は上野50万石になるが、喜ばなかった!
・秀吉は家康を256万石で関東に追い払う??
・織田信雄は、伊勢・尾張にこだわり、命令拒否で取り潰される!

◇ 関ヶ原の合戦
・本戦
・東北   上杉VS最上
・京・大津 京極VS立花宗茂 
・九州   黒田VS大友
それ以外もある!
・信濃  真田VS徳川
・伊勢
・伊予

では誰と誰が戦ったのか??
・東軍  徳川家康 
 大阪を支配下に置き、秀頼をいつでも殺せる状態
・西軍  毛利輝元? 石田三成? 著者は豊臣秀頼?
 家康の首を取る! 機内に入れない!

「司馬遼太郎 関ヶ原」
これは興奮した!!
その本から関ヶ原の知識を得た!
今では大分修正が入ったが………

◇ 石田三成の戦略は?
・小牧長久手の戦いで家康を臣従させた戦いを参考にする!
・家康の首が絶対条件では無い?
・岐阜城は一日で落城?
【こうなると直江兼続の長谷堂城攻めがだらしない】
・三成は、大垣城、南宮山、松尾山を考える!!
・関ヶ原になる!

◇ 家康の戦略は?
・豊臣家の乗っ取り? 言いがかりをつける?
・前田利長の謀反を言い立てる
・上杉景勝の謀反を言い立てる  
・言いがかりで諸将を見極める?
・戦争を欲し、豊臣家の秩序を破壊する!
・すでに恩賞の約束をしている??
・上杉討伐に付き添った諸将は最初から家康に従うつもりである!

◇ 三成の戦術は? 失敗??
・細川藤孝に田辺城 500ほどの兵に15,000の兵を向けた!
 はんぶんでも7,8000の兵である!
・京極高次の大津城に、立花宗茂、小早川秀包のエースを派遣した!
 二人とも戦意が高く、猛将である!
・島津義弘の夜襲の進言を受け入れなかった!
・鳥居元忠の伏見城には、小早川秀秋、島津義弘が援軍で入ろうとしたが………
・小早川秀秋は西軍とは言えない!!
・大谷吉継は笹尾山に向けて土塁を造っている!
・吉川広家は動かない? 家康は確信している!
・ドイツから来たメッケル少佐は、布陣を見て西軍の勝ちと論じた!
・小早川秀秋の裏切りで勝負あった!
・三成が生き延びれば、大阪城籠城と言う選択肢はあった!
 立花宗茂、小早川秀包、田辺城攻撃の残党、敗残兵、
毛利輝元の軍と合わせて50,000の兵はある!
 西軍に戦うエネルギーは無かった!!

 

第四章 関ヶ原の戦い(2)歴史的意義
◇ 戦後処理
輝元は騙されたのか?
所領安堵されると!!
黒田長政、福島正則が交渉である!
書面にはどこにも所領安堵は書かれていない?

◇ 誤解されている福島正則
酒飲みだったようだ?
改易された時は、家臣は引く手あまただった?
荒くれ大名??
改易されたので、好きに言われる!

◇ 幕府の成立時期!
・徳川幕府 席ガラで勝利した1600年か? 〇
 征夷大将軍の1603年か?
・鎌倉幕府
 1192年 征夷大将軍  イイクニ
 1185年 守護を任命  イイハコ 〇
 1180年 鎌倉入り
・室町幕府
 1388年 征夷大将軍
 1338年 建武式目    〇

あまり意味が無いと思うが………

◇ 家康の査定 ① 戦功重視 裏切りは許さない
小早川秀秋は事前に家康と密約があった?
脇坂安治、朽木元網、小川裕忠、赤座直保!
脇坂安治は家康に連絡を取っていたが、2家は取り潰し、1家は減封!
勝ちが見えてからの裏切りは許さなかった!
・福島正則  清州24万石~安芸・備後半国の49万石
・小早川秀秋 筑前35万石~備前52万石
・京極高次  近江大津6万石~若狭小浜92,000石

ここには出ていないが山内一豊 遠江掛6万石~土佐20万石?
戦場での槍働きは無いが、城を家康に差し出したから???

◇ 家康の査定 ② 一族に甘い
・家康次女・督姫  池田輝政 
・家康三女・振姫  蒲生秀行 亡き後浅野長晟
・秀忠次女・玉姫  前田利常

みんな優遇されているが………
蛍大名?? 妻の身分で出世する???

◇ 家康の査定 ③ 家臣に厳しい
・榊原康政  加増ゼロ
・本多忠勝  息子に加増
・鳥居元忠  加増は無かったが、時間をかけて加増される!
・井伊直政  高崎12万石~彦根18万石 最終35万石
 徳川の戦法は井伊と外様の藤堂である!!
 直政亡き後、直継が継ぐが、弟直孝に変わる!
 直継は上野の安中で3万石になる!

◇ 家康の査定 ④ 敵にも甘い!?
・長束正家  切腹
・前田玄以  安堵されるが改易
・増田長盛  改易 大阪に陣で切腹
・浅野長政  最終的に福島正則改易後、後に入る!
 一族から忠臣蔵が生まれる!

毛利家はなぜ生き残れたのか??
「司馬遼太郎 関ヶ原」
この計数に明るい三成にすれば、毛利の領土を削ら無ければ、
恩賞の土地が無いと!
どうも潰す気だったが、吉川広家が自分に与えられる長門、周防2カ国を、
毛利本家に譲った!!
ここらの家康は詐欺師であるが………
結局吉川広家は岩国3万石になる!!
関ヶ原での毛利秀元は合戦を見ている!
もし毛利の大軍が参戦していたらの思いがある!!
その為吉川広家にはきつかったようだ………
そうなれば長宗我部も参戦するはずである!
吉川広家は黒田官兵衛、長政と仲が良い!!!

◇ 家康の査定 ⑤ 東北と九州の軽視
上杉景勝は家康小山着陣時夜襲を行わなかった?
家康撤退時、追撃しなかった?
最上領を攻める!!
この時期、戦国時代の再来と見て領土拡張に走った!!
・最上義光  加増
・伊達政宗  少しの加増
・上杉景勝  30万石に減封 生かしたと??
東北はどうでもよかった??

九州も同じである?
・黒田官兵衛  長政に加増
・加藤清正   小西行長領を貰う
・島津義弘   本領安堵 攻めるには損害が多い?

家康は家名を残すことにより恩を売った!
上杉、毛利、島津………
佐竹もそうなのか??
・血縁を大事にする
・家臣に厳しい
・外様を優遇
・東北、九州は寛大

譜代には政治を担当させた!
政治と経済を分けたと??

◇ 家康は何故江戸で幕府を開いたのか?
・秀吉の朝鮮出兵の失敗!
・外交から内政重視に変わる!
・東北地方を開発したい! 江戸が都合が良い!
・つまり重商主義から重農主義へ

著者は政治の江戸と、経済の大阪に分かれて成長したと!
大阪都構想は、正しい???

 

終 章 歴史が転換する時
戦いから見えるもの??
◇ 壬申の乱
・「天皇」が生まれる
・国外重視から国内重視
・「日本」の国号を使う
・東の国境が定まる

◇ 青野ヶ原の戦い
・武士の世が生まれる
・将軍権力が確立

◇ 関ヶ原の戦い
・統一国家になる
・外交重視・重商主義から内需拡大へ
・関東・東北の開発が進む
・都が今日から江戸へ! 東に移る!

この後、不破の関は重要ではなくなる!
徳川の防衛ラインは??
・伊勢・藤堂、彦根・井伊で迎え討つ
・福井城に親藩
・尾張・名護屋城を築く
・箱根 小田原城
・越前、美濃、尾張が防衛ラインであると!!

日本もヨーロッパに比べると穏やかである!
こう言う場合は世襲が定着するようだ!
・多神教国家である!
・宗教的弾圧も無い???

◇ 日本は外圧で動く?
・白村江の戦いで負けて危機を感じる
・黒船来襲
・元寇
・朝鮮出兵

東の反乱分子が西へ攻める時に、不破の関、関ヶ原で戦いが起こる!

◇ 天皇は必要か??
・木か金て作れと言った高師直でも、逆に必要性を認めていた!
・天皇は仏教や振動の頂点に達している!

◇ 幕府の置かれた場所は何の理由があるのか??
・鎌倉幕府 一定の発展は出来たが都に劣る?
・室町幕府 なので尊氏は京に幕府を開く
・徳川幕府 東国中心の国造りを行った!

上方の元禄文化、江戸の化政文化が花開く!
関ヶ原が起こる可能性は無くなる!
東の劣等性が西の優等生に挑むことは無くなると!!

◇ 太平洋戦争? 日本は分かれる??
長引けば日本は朝鮮半島のように分断されていた???
その場合は不破関、愛発関、鈴鹿関が38度線か???
京都を首都とする象徴天皇制日本国と、
東京を首都とする共産党書記長の、東日本人民共和国に分かれる!!
この想像は無理がある!!!

 


壬申の乱と関ヶ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか ②・本郷和人

2024年1月24日 (水)

本・武士とは何か ②(2022/10)・呉座勇一

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16 足利尊氏「この世は夢のごとくに候」
17 北畠親房「一命を以て先皇に報い奉る」
18 一条経嗣「愚身ひとえに諂諛をもって先となす」
19 山名宗全「例という文字をば、向後は時という文字にかえて御心得あるべし」
20 細川勝元「正体無き者は王とも存ぜざる事なり」
21 斎藤道三「山城が子供、たわけが門外に馬を繋ぐべき事、案の内にて候」
22 今川義元「自分の力量を以て国の法度を申し付く」
23 毛利元就「ただただ三人御滅亡と思し召さるべく候」
24 上杉謙信「信玄ははかりごとある人にて、法師武者を大勢仕立ておかれ候」
25 織田信長「日向守働き、天下の面目をほどこし候」
26 明智光秀「仏の嘘をば方便と云い、武士のうそをば武略と云う」
27 森蘭丸 「父が討死の跡にて候えば坂本を賜れ」
28 豊臣秀吉「秀吉若輩之時、狐と成て、信長公の幕下の属す」
29 黒田長政「今になりて、我らが分別、鑓先にあり」
30 徳川家康「万一負け候わば、弔い合戦すべしと人数を揃え上って能く候わん」
31 石田三成「大将をする者は命を全うして、後日の合戦右心に懸る也」
32 真田信繁「忠義に軽重無し、禄の多少によるべきや」
33 伊達政宗「奪うべき時期だに身に授からぬ天下なれば望みなし
終 章 中世武士から近世武士へ
主要参考文献

 

16 足利尊氏「この世は夢のごとくに候」
戦前は逆賊?
そんなものなのか!
それほど後醍醐天皇は正しいのか?
北条時行の「中先代の乱」
足利直義が敗走!
尊氏が救援に向かう!
征夷大将軍を求める!
単に戦いの都合である!!
が後醍醐天皇は自立を恐れて与えないが、出陣する!

尊氏は関東を治め棄教しようとするが………
が新田義貞、楠木正成を破り講和になる!
三種の神器の返還!
に対して後醍醐天皇は??
・太上天皇の尊号を贈られ
・息子が皇太子に
・京で上皇として生活できる
・院政をひける

尊氏は隠遁しようとした!
この行為は後醍醐天皇に伝わらず、三種の神器を渡しながら、
偽物と言い吉野に走る………
南北朝である!
これを読むと、混乱は避けられた??
が、いずれ対立する!!


17 北畠親房「一命を以て先皇に報い奉る」
北畠親房は「建武の新政」から政界に復帰している!
「神皇正統記」
顕家も活躍する!!
南朝の忠臣とされる!
官位で武士を釣る??
理由は分からないが、南朝に尽くした!!


18 一条経嗣「愚身ひとえに諂諛をもって先となす」
義満の天皇家簒奪!
これは「北方謙三」で知った!!
これは戦前から唱えられていた??

「准母」
義満の正室 日野康子である!
後小松天皇生母が危機になり、
義満は生母の代わりに「准母」を立てるべきだと!
一条経嗣らは忖度して、日野康子を推挙する!
実際に生母が亡くなり准母になる!
義満は「准父」になり、太上天皇になることだと?

一条経嗣らはのらりくらりかわした??
「准母」だけは認めた………
天皇家の危機は脱した!!
【実際に簒奪しようとしたのか???】


19 山名宗全「例という文字をば、向後は時という文字にかえて御心得あるべし」
著者には「応仁の乱」がある!
図書館で予約件数250か?
ただし在籍が20冊以上ある!
こうなれば予約は20件ぐらいになる?

山名宗全!
何事も前例で自説を強調する!
これからは「例」を変えて「時」を使えと!
「例」はその時の「例」である!
時代により変わる?
だから武家に天下を奪われた??
私のような賤しいものが高貴な方と対しているのは「時」である!

6代将軍義教が赤松満祐に暗殺される!
この討伐軍に参加する!
どうもクーデターを起こす!
下剋上の申し子??
保守的なところもあり、
古典的教養も備えている!
家柄や身分が重要な時代から実力本位の戦国時代に移行する、
過度軌を象徴する人物だと!
【ダラダラと応仁の乱で京を破壊した??】


20 細川政元「正体無き者は王とも存ぜざる事なり」
細川勝元ではない!! 息子である!!

「明応二年 1493年 明応の政変」
応仁の乱後、この明応の政変で幕府は止めを刺された!
この仕掛人である!
10代将軍 義稙と不仲である?
義稙が京を留守した時、日野富子と組んでクーデターを起こし、
義澄を新将軍に擁立する!
義稙逃亡!
政元は実力者である!

この時期幕府は金がない!
天皇崩御、新天皇即位の費用が出せない?
出さないのか?
政元は、
「即位式など無駄である、即位式を行っても実績が必要である!
 現状でも『王』と認めている! だから大金を投じて大掛かりな儀式は必要ない」
自身も家臣に暗殺される!!


21 斎藤道三「山城が子供、たわけが門外に馬を繋ぐべき事、案の内にて候」
「司馬遼太郎 国盗り物語」
これは親父の本棚から探して読んだ!
メチャメチャ興奮した!
もう冷めているが………

親子二代の国盗りだと!
歴史的には創作だと言うことが多い??
・油売り
・義龍は道三の実子ではなく、頼芸が実父
・「まむし」も坂口安吾が捜索した!

逆に本当なのは??
・正徳時の信長との会見
・たわけ??
道三は自分で信長を見て判断した!
「信秀ほどの武将が廃嫡していない」
「信玄は信長の日常生活を聞いて考え込んだ」
要は見る目のある人間しか分からない?
「英雄、英雄を知る」


22 今川義元「自分の力量を以て国の法度を申し付く」
桶狭間の合戦である!
果たして尾張侵攻の今川義元の目的は??
桶狭間の戦いも変わって来ている!
・奇襲
・兵力

要は今川義元は戦国武将だと!
「守護使不入」
有力寺社が徴税を拒否できる??
しかし義元は
「自力で法を定め領国を統治しているので、無効だと」
軟弱ではないと!!


23 毛利元就「ただただ三人御滅亡と思し召さるべく候」
元就の実像は残っている!
手紙が多く残っている!
「謀多きは勝ち、少なきは負ける」
これを実践したのか??

息子たちへの不満がある!
後継者 隆元への不満!
「無才無器量」
吉川元春、小早川隆景が弟である!
不満があり元就に手紙で訴える!
その返事を書いている!

三子教訓状!! 14箇条からなる!!
第一条  毛利の苗字を末代まで廃れぬように心がけよ。
第二条  毛利の二字を疎かにしてはならぬ
第三条  三人の間柄が少しでも分け隔てがあれば、とも滅亡すると思え
第四条  隆元は元春・隆景を力にして、すべてのことを指図せよ
第七条  亡き母、妙玖の供養も三人が仲良くすることと!


24 上杉謙信「信玄ははかりごとある人にて、法師武者を大勢仕立ておかれ候」
武田信玄の項目みたい??
「甲陽軍鑑」
どうも本物のようだ?
内容は別であるが………

著者は、本能寺の変で「立花京子」「明智………」を批判していた!
どちらも好きではない?
今回は井沢元彦である??
井沢元彦は、考えてみればおかしいじゃないですか?
そんなことあり得る??
そう言う言い方が多いと思う??
最近は読んでいない?? 【疲れる??】

甲陽軍鑑だけでなく「山本勘助」も実在を疑われていたが、史料で確認された!
川中島合戦 啄木鳥戦法!
これは出来ないと実証されている?
【夢が無くなる】
それでも他に史料が無いので使われる??
謙信、信玄の一騎打ち??
信玄には影武者がいた??
「甲陽軍鑑」の内容は確認されていないが、
無理やり使っている???


25 織田信長「日向守働き、天下の面目をほどこし候」
革命児?? 改革者??
・鉄砲三段撃ち
・兵農分離
・楽市楽座………

鉄砲三段撃ちは否定されている!
鈴木慎哉、藤本正行である! 著作を読んでいる!

兵農分離も完全ではない!
同様に「楽市楽座」の以前からあったと!
でも信長は上手く利用した!!

信長は世間体を気にし、空気を読む!
「外聞」「諸人」「世間」
本当かな??

佐久間信盛への弾劾状の追放理由!
・丹波は明智光秀が平定し、天下に面目をほどこした!
・羽柴秀吉は数カ国で比類ない功績を上げた!
・池田恒興は小禄ながら短期間で花熊を攻略し、これも天下の称賛を得た!
・柴田勝家は彼らの働きを聞き、すでに越前一国を領している身ながら、
天下の評判を気にかけて、今春加賀に進撃し、一国を平定した!
しかるに、五年間石山本願寺と戦かわず無駄に過ごした!
天下も面目を失った!


26 明智光秀「仏の嘘をば方便と云い、武士のうそをば武略と云う」
個人的には好きな戦国武将である!
要は出自もよく分からない!
庶民からは慕われる!
「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う、百姓は可愛きことなり」『老人雑話』
天下を狙ったのか??


27 森蘭丸 「父が討死の跡にて候えば坂本を賜れ」
森蘭丸とは……… 武将と言うには実績がない!
光秀の敵??

初めて知る話である!
信長は蘭丸を光秀の娘の婿にしようとした!
が光秀は断り、忠興に与える!!
信長の縁談を断れるのか?

・森蘭丸   永禄8年(1565年)~天正10年(1582年6月21日)
・ガラシャ  永禄6年(1563年)~慶長5年(1600年8月25日)
・忠興と結婚 天正6年(1578年)
何時の話か??

まずガラシャは美人だったのか?
蘭丸も美男だったのか?
信長と男色関係は??

蘭丸は信長に父の遺領 志賀郡を望むが光秀領である!
取り上げる分けに行かずに縁談??
森可成は坂本で戦死している?
戦死は最大の戦功だと!!


28 豊臣秀吉「秀吉若輩之時、狐と成て、信長公の幕下の属す」
秀吉も出自は分からない?
説が多過ぎる??
乞食もしていた?
天皇のご落胤??
劣等感と自負心??
親類も家臣もいないが、のし上がる??
秀吉若輩之時、狐と成て、信長公の幕下の属す」

鶴岡八幡宮に参拝し、頼朝木像に言う!
「我と御身は共に微小の身から天下を平らげた!
しかし御身は天皇の後胤であり、父祖は関東を従えていた!
故に流人の身から挙兵しても多く者が従った!
我は氏も系図も無いが天下を取った!
御身より我の勝ちなり
しかし御身と我は天下友達なり」


29 黒田長政「今になりて、我らが分別、鑓先にあり」
関ヶ原では活躍した?
小早川秀秋を裏切らさせ、毛利も動かさなかった?
出典を研究すると、本当かなと!
秀秋が逆に徳川に襲いかかったら?
これを長政は、今さら知るか、戦うだけだと!!

家康の秀秋に対する「問鉄砲」は??
どうもなかったようだ………


30 徳川家康「万一負け候わば、弔い合戦すべしと人数を揃え上って能く候わん」
徳川は兵を二分した!
家康と秀忠である!
どちらが本軍なのとよく言われるが………
秀忠は中山道を行き真田を攻略する!
予定通りである!
家康は江戸を動かなかったが、正則らが岐阜城を攻めたので、出陣した!
秀忠にも急ぐように連絡した!
この使者が遅れ、あわてて秀忠は向かうがバラバラで向かう??
遅れて家康に叱責される!
榊原康政がとりなした?? どうもそれは無さそうである!
叱責の理由は、もし家康が敗れれば弔い合戦になのに、バラバラで来るとは?
流石と言うべきか!


31 石田三成「大将をする者は命を全うして、後日の合戦右心に懸る也」
「司馬遼太郎 関ケ原」
このイメージは大きい!!
個人的にはここから始まり、著者たちにより修正されて行った??
・かくまった百姓に罪が及ばないように突き出せた?
・戦い敗れて、東軍諸将に、もう一戦しようと生き延びたと!

司馬遼太郎では捕らえられて諸将の反応がある!
・細川忠興  会釈して通り過ぎる! 正解か?
・福島正則  罵倒のし合い!
・小早川秀秋 三成に罵倒される!
・黒田長政  勝敗は時の運と慰めて、自分の羽織をかける?

まず福島正則は、三成の言い分はもっともだと!
罵倒などしていない??

黒田長政である! 司馬遼太郎では最後のイメージ作りの演技に入った??
どうもそうでもなさそう………
【夢が無くなる………】

江戸時代から何も佞臣というイメージだけではなく、忠臣のと言われていたようだ?


32 真田信繁「忠義に軽重無し、禄の多少によるべきや」
確かに活躍したが、そんな大物ではない??
個人的には子供の頃、白戸三平の漫画に惹かれた??
真田忍群??

実戦は??? しょせん信濃の小領主である!
大阪の陣で徳川から「信濃一国」の条件を示された!
あり得ない話である!
誘いはあったが果たして条件は???
反徳川というべき家である!
兄信幸の、昌幸の幸を「信之」と変えている?
信濃の大名を何処に持って行くのか??
ついでに言うと、後藤又兵衛も同じような話があるが………


33 伊達政宗「奪うべき時期だに身に授からぬ天下なれば望みなし」
うわさが絶えない政宗である!
遅れてきた戦国武将?
したたかである!
絶えず陰謀をめぐらせている??
・小田原への参陣の遅れ? 家督争い?
・蒲生氏郷と葛西大崎一揆を平定するが、政宗自身が一揆を煽動!
・上杉領の旧領6郡49万石の領土の自力回復を許す旨の書状「百万石のお墨付き」
・大阪の陣でも疑われる??
なんやかんやと忙しい!
家康危篤時、謀犯を疑われて秀忠の軍が伊達領を攻める??
その時家康の見舞いに行き、誤解を解く?
最後の戦国武将か?


終 章 中世武士から近世武士へ
◆ 武士は京で生まれた?
関東などは傍流、セミプロだと!
がその傍流が主流になった?

◆ 「武士道」
ひたすら主君に尽くす?
中世では、畠山重忠の項で否定されている!
御恩と奉公!
見限ることは当たり前だと!
江戸時代とは違う!!

◆ 頼朝の時代………
河村義秀は、弓馬の達人で平氏方の大庭景親に従って石橋山の戦いで源頼朝を破る!
義秀もまた河村郷を没収されて大庭景義の預かりとなり、斬刑を言い渡される!
10年も経って義秀を密かに匿ってた大庭景義の推薦で流鏑馬神事に参加!
頼朝は斬首を命じたはずだと機嫌悪くなる!
が、義秀は全て達成したため頼朝もその罪を許す………
景義の進言があり、旧領の河村郷も還付する!
そう言う例が多いようだ!!
名誉感情がある!!

◆ 報復の連鎖! 「やられたらやりかえす」
チェチェン共和国みたいである!
報復の連鎖を回避するには?
・第三者による調停
・徹底的な殲滅
殺しの、そうした例は多い!
・清盛が頼朝を助けた
・頼朝は義経の男児を殺している
・頼朝は木曽義高を殺している
・頼朝旗上げ時、三浦は和田と戦っている!
和田合戦で三浦は遺恨、復讐した!

◆ 武士の教養!
平安時代は騎射出来ればよかった??
が、鎌倉幕が成立し武士も勉強しなければならない!
鎌倉時代の武士は字も読めない!
代筆屋もいたのか??
譲り状に遺産相続もある!
仮名しか読めない??

◆ 室町時代も変わらない?
応仁の乱も面子の問題か??

◆ 戦国大名
武士たちの一揆! 盟約、連合!
紛争を平和的に解決する!
がこれは戦国大名の分国法・裁判に変わる!!

喧嘩両成敗である!!
⑴ 喧嘩は理由を問わず、両者とも死罪
⑵ 攻撃されても自重する、さすれば非があろうとも勝訴である!

自力救済の論理を自力救済否定の論理が凌駕した時、
中世が終わり近世が始まる!!

◆ 太平の世の武士
・中世   主従関係は絶対ではない 離脱出来る!
・江戸時代 忠義を尽くす相手が主君個人から「御家」に変わる!
江戸時代に武士は牙を抜かれる!
覚醒は幕末になる………

 

あとがき
「名言」「名セリフ」を読み解く!
【創作が多いが………】
これが武士の本質的な問いにつながる!
歴史の新しい楽しみ方を発見してもらえれば、
これに勝る喜びは無いと!!

 

主要参考文献

 


武士とは何か ②・呉座勇一

 

2023年11月18日 (土)

本・戦国武将の現場感覚―戦略・外交・天下取り…乱世のリアルとは ②(2022/3)・西股総生

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3章 天下統一をめぐるリアル
4章 築城と攻城のリアル
より深く知りたい方のために
あとがき

 

1章 天下統一をめぐるリアル
◇ 長篠合戦の勝敗を分けた真の要因とは?
鉄炮隊は、長篠の戦いの主役ではなかった?
徳川は織田と対等な同盟者でなく、子会社と大々企業か??
武田は三河に侵攻する!!
が信玄が病死し、勝頼が後継者である!
奥三河を争う!!
勝頼は奥三河を囲み、長篠城を包囲する!
武田は1万8千の兵?
家康は長篠城に500人、全軍あげて8千か?

勝頼は信長の真意を疑う?
織田は戦意が無いと?
家康だけ片づければよいと!!
織田は3万と言う?
3千の鉄炮だと10人に一人が鉄炮?

武田は家康を狙う?
その側面援護のために鉄炮千を配置する!
武田と徳川が争っていて、武田が疲れたところを攻撃し敗退させる??
濡れ手に泡??
家康は感謝しかない???
【これでは勝頼が馬鹿以下に見えるが………】

◇ 明智光秀の前半生は、なぜ謎なのか? 
「2020年 大河ドラマ 麒麟がくる」
その前半生は創作である?
要は分かっていない??

書状や「信長公記」などに名前が残るのは、重要な人物だけである?
どうでも良い人間は残らない!
信長に仕えるようになって、名前が出てくるようになる!
ここでは朝倉のアの字も出て来ない!
義昭の足軽衆と言うのはあり得る話だと!!

◇ 本能寺の変はなぜ起きた?
大きく分けると?
A 野望説  検証のしようがない!
B 怨恨説  根拠が貧弱
C 理念説  信長と政治的理念に価値観が違う! さっさと辞めればよい!
D 各種黒幕説  これは多い! 変後それらしい動きはない!
E 将来悲観説  短絡過ぎる  石見出雲の国変えも真実は?
F 突発犯行説  病気? 【これが理由ではないか?】
G 四国説  最近の本流?

黒幕説は百花繚乱である!
どれも都合よく考え過ぎである!!
記録に残っていないと言えば、残せるわけが無いと??

四国説は、大人気である!!
・光秀が交渉役であった!
・戦国の交渉はお互いの利益のために行う!
・家康は自己の利益のために信長と同盟を結ぶ!
 武田が滅亡したら北条? その後が危ない????
・信長と長宗我部元親はお互いの利益のために同盟を結ぶ!
 対本願寺である?
・この前提が崩れると同盟は不要になる?
・新しい関係が必要だと! 当たり前である!!
・光秀は領土を失ったわけでない!
著者によれば、怨恨説のニューバージョンだと?

◇ 明智光秀は謀反を、いつ決心したのか?
実行するには何が必要か?
・信長が無防備であること、安土城にいれば実行出来ない!
・軍勢を動かせる状況で、射手圏内にいること!

天正10年  武田勝頼を滅ぼす!
信長は??
・4月下旬に安土に帰る
・5月家康が上洛
・5月15日 秀吉から救援依頼
・光秀の饗応役を解き、出陣を命じる! 落ち度があったわけではない!
・信長の有力武将は各地に散っている!
・6月2日 本能寺の変

著者は5月29日に討てる状態が出来た!
それからは分からない??
光秀らしい周到な用意はない??
突発的なものなのか???
【重臣に打ち明けた話は無い】

◇ 中国大返しは、どうして実現できたのか?
秀吉は備中高松から自分の補給路を引き上げればよい!
襲撃などは、毛利が追撃しない限り無い!
著者は良く書かれている日数の検証は必要ないと考えている!

備中高松城水攻め→本能寺の変→中国大返し→山崎の合戦→天下取り!
備中高松城に劣勢な毛利勢が押し込まれて、
毛利は救援に来る!
著者の現場感覚??
秀吉は信長に援軍を求めている!
その為に光秀が派遣される!
高松城を水没させれば信長の出番は無くなる!
生殺しである!!
水没させる必要は無かった………
秀吉に必要なものは、信長らの動きの情報である!
当然、いつ信長が来るか気になっている!
それで作戦計画が変わる??

そんな時、光秀の密使が飛び込んできた?
こうなれば引き上げである!
こんなものが来ること自体、信長に何か起こっている??
秀吉の決心は姫路で行われた?
こうなれば待つことより攻撃である!
決断である!
情報収集、リスク計算、味方の人選などやっていれば勝機を逸する!
それこそ机上の計算である!!
ためらわず全力を尽くす!!

◇ 明智光秀はなぜ天下を取れなかったか?
光秀はそれなりに手を打っている!
誤算は多数派工作に失敗する!
なぜ失敗したのか??
下剋上は謀反につながる!
これを討つことは、「主殺し」と大義名分を与えられる!
又、光秀につくことは光秀の家臣になることになる?
「逆賊、光秀を討つ」
人は集まり易い! 人望があるかどうか??
【現実に有力武将は散っているが、各個撃破しなければならない】

◇ 豊臣秀吉は城攻めの名手だったか?
そう聞いている??
・播磨上月城
・播磨三木城
・因幡鳥取城
・備中高松城
・紀伊太田城
・伊豆小田原城

兵の損傷を避けるために兵糧攻めを行う?
小田原城の石垣山城の築城!
・3月29日  山中上突破
・4月3日   小田原進出、ここで石垣山城築城

小田原城から反撃されると、その防衛の拠点が必要である!
その為の城である!
ただ北条に見せつける場所に天守は建っていない?
伝説の一つか??

・1812年 ナポレオンのロシア侵攻!
補給が問題になる前に勝負を付けようとしたが………

秀吉は織田を囲み、まわりの城から落として行った!
余裕のある攻撃ではなかった………
臨機応変に対応できるのが、秀吉の強みだと!!

◇ 秀吉は秀次の側室を皆殺しにした理由とは?
秀次の妻妾、子女まで殺す!
最上義光の娘は18歳で側室に上がったと時に殺されている!
最上義光も下心があった??
助命嘆願も無視される!

文禄四年 朝鮮侵攻である!!
日本と明で講和が成立する!
この時期に秀頼が生まれている!

秀吉亡き後、後継者争いが起こる可能性がある!
その芽を摘んでおいた??
ただ普通はこれほど妻妾に子女はいない!!
多過ぎている!!
単に多かっただけ…………
将来を見据えた処置だった???
【映画 関ヶ原 この処刑場面を見ると他にやることは無かったのかと思うが………】

◇ 秀吉の遺言の裏にあった恐怖心とは?
秀吉は後継者争いを経験している!
清州会議である! 著者は清須でなく、清州である!
この会議の目的は、光秀の所領の分配である!
ワンランク下の池田恒興を参加させ、滝川一益を外す!

信長の後継者の指定である!
三法師が後を継ぐのは問題がないと?
当然か??

賤ヶ岳の合戦は?
秀吉・信雄VS勝家・信孝??

次に秀吉VS信雄・家康である!!
小牧長久手の戦いで、信雄は領地没収、三法師は美濃一国を与えられる………

つまり秀吉は死後の状況が予想出来た!!
関が原の合戦は、2年後である!!

 

2章 築城と攻城のリアル
◇ 武田信玄は「人は石垣、人は城」と考えていたか?
「人は石垣、人は城、情は味方、仇は敵」
ただ信玄の時代は石垣など無かったと?
基本は、土と木である!

要は後世の人間が、後世の状況から判断して創作した!
信玄ならありそうだと!
一種の都市伝説だと!!

◇ 水の手は城の生命線だったのか? 
結論 生命線ではない??
戦術上の要所を確保すると、築城は同じである!
確保するために拠点がいる?
これが簡単な城か?
長期の保存は考えない!
見晴らしの良い場所が良い!!
こう言うところは水が取り難い!!
要はバランスが必要だと!!

例えば、扇谷定正は
「水の手ばかりでなく地形を見定めろと」
・まずは守りやすい場所
・居城や作戦基地であれば水の手が必要である!

指揮官の判断が重要だと!!!

◇ 戦国時代は山城の時代だった?
戦国時代は山城が主流だった??
果たしてそうなのか?
関東平野に山城を築けるのか??
甲斐、信濃、越後、越中なら山城であろう………
岐阜城も山城である………

山城は攻め難い!!
が湿地帯の城も攻め難い!!
戦国時代の領主は複数の拠点で守る!
・居城
・作戦基地
・中継地点
・国境警備
・最前線の防御基地

拠点が多過ぎると兵の分散になる!
戦略拠点の城に集約される!
一概に山城、平山城、丘城、平城は同じように造られた?
意味合いが時代とともに変わり、ひとくくりに出来ないと!!

◇ 城主不在の城が珍しくなかった理由とは?
大阪城に二条城!
これらは豊臣滅亡後、徳川の持城になる!!
城代が置かれる!!
あくまで管理である!!

・城主 城のオーナー、自分の所領の中にある!
・城将、城代 主将から城を預かる!
権限はないようだが………

江戸時代 一国一城で城は一つになる!
「城=お殿様の居場所・政庁」
これは江戸時代に成立したので、戦国時代は城主がいないのは当たり前?
城跡の看板に書かれている城主は、あてはめた架空城主が多い!!
【よく分かる!】
【家康の上杉討伐 会津領内の防御の城は???】

◇ もっとも効果的な城の攻め方とは?
地形の差か??
「映画 キング・ダム・ヘブン」
「映画 ロード・オブ・リング」
「映画 大将軍」
城攻めには攻城兵器、投石機が登場する!
日本では出て来ない!
そう言う兵器の発達する必要が無かったのか??

日本と世界は違う?
堺屋太一が書いているが、海外の指摘で、日本無くて世界にあるもの?
・本格的な籠城戦
・計画的な皆殺し
・長期のゲリラ戦
ただし例外がある!
全てに織田信長が絡んでいると!!

石山本願寺の籠城は「宗教」が絡んでいる!!

日本は力攻めである?
・強襲
・弓、鉄炮でいかけながら前進
・一気に突入す・ハイリスク・ハイリターンる???

攻城戦には敵に対する数倍の兵が必要だと!

籠城の損得は??
・野戦で勝てなくて籠城する!
・籠城側は兵糧を持ち込まなくてはならない!
・攻城側は補給線を確保し運ぶ
・攻城中は兵は釘付けになる!

攻城の基本は力攻め!
それも一日で落とす!
途中で日が暮れて陣を張れない!!
引き上げである!
だから落とさねばならない!
大変よく分かる!!!

となれば秀吉は偉いのか?
・播磨三木城 三木城の干殺し
・因幡鳥取城 鳥取城の飢え殺し
・備中高松城 水攻め
包囲し飢えさせる!!
それだけの兵で包囲し、焦らず待つ!
味方の死傷者は少ないが、敵は多い!!!
残酷な話である!!

◇ 落とせなかった?  落とせなかった?
武田勝頼の長篠城攻め!!
勝頼は長篠城を攻めるが、落とさない!
家康をおびき出すエサにする!!
信長は本腰を入れないとの見込みである??
その為には落としては何にもならない??
エサとして置いておく??
【そうなれば、鳥居強右衛門の救援依頼の使者の話は???】
結局勝頼は負ける?
勝頼がアホに見える!!!

関が原の合戦! 東の関が原の合戦である!
上杉の最上攻めがある!
直江兼続の長谷城攻め!!
500の兵の普通の城を落とせていない!
司馬遼太郎もこの項は今一、口が重い!!
【本郷和人は兼続の武将としての能力を疑っているが………】
著者は、エサにして最上義光おびき出しと考える!!
【最上にその意気込みはあったのかと思うが………】
落とせなかったのか?  落とせなかったのか?
作戦全体を分析しなければ真相は分からないと?

◇ 難攻不落が裏目に出た城とは?
「雍闓」
的には攻め難く、守りやすい!
高天神城!! 徳川と武田の争奪の城である!
信玄亡き後、勝頼はこの城を陥落させる!

勝頼は長篠の戦いで負け、家康が侵攻を続ける!
5年に渡り攻撃する!
落城寸前である!
高天神城は降伏しようとするが、信長が許さない!
結局、高天神城は落城する!
降伏も出来ず、玉砕する!!
要は、勝頼はどんな言い訳をしても「見捨てたと」
武田頼りにならず??
それを狙ったと!!
これは落とした城になるのか???

◇ 徳川家康が入った頃の江戸は漁村だった?
司馬遼太郎が書いていたが、
明治維新で遷都がある!
結局江戸になったが、大久保利通に献策した人間がいる!
江戸は首都にならなければ元の寒村に戻ると??
「前島密」だと!!
江戸はその程度の場所なのか???

著者によれば、家康が江戸に入ったのであれば、それなりの都市でなければならない?
家康は、三河、駿河、遠江、信濃、甲斐の大勢力を移動する!!
北条にとって江戸は重要都市であった!!
流通の中心でもあった??
つまり京や大阪とは違い、地方都市の県庁所在地みたいなものか?
山形、秋田とか言う感じではないのか?
要は都市伝説で、家康は寒村に流されたと言いたい???
【夢が無くなる………】

◇ 天守を建てた本当の理由とは?
城は戦うためにある!!
権威の象徴ではない??
天主閣は松永弾正が造った???
そう言う話は無い!!
城は落城を遅らせるための設計がある!
天守はその為にある!
古い城の天守は、耐火性に耐弾性を追求した構造である!
・姫路城
・彦根城
・犬山城………

天守は嫌でも目立つからカッコよく造りたい??
時代感覚??
から言えば血と硝煙の中での武士は、天守に本来の顔を見せている!!

◇ お城ブームが戦国の城をわかりにくくする?
城めぐりは好きである!
行くと言っても歴史上の城である!
別に天守閣が残っていなくても良い!
どんなところにあったのか、歩いて実感したい!
「大河ドラマ 軍師官兵衛」
これは知っているところを行った!
・播磨 御着城 平地 模擬天守??
・播磨 妻鹿城
・播磨 上月城 山城 割と簡単に登れた!
・播磨 福原城
・播磨 山崎城 死ぬ思いで登る!
・但馬 竹田城 天空の城?
・因幡 鳥取城 吉川常家の像がある!
・因幡 羽衣石城 死ぬ思い!
・備中 高松城  備中七城
・石見 福光城 ここは登れなかった?

きりが無いが、
・小田原
・尾張
・摂津
・山城
・丹後
・淡路
・四国
・安芸
・豊前  多い!
・豊後  多い!
・筑前  多い!
・関ヶ原  (関ケ原町と垂井町では熱意が違う)
楽しかったが………

こう言う例もやり過ぎか? 私のブログの抜粋である!
近江・木之本 黒田家御廟所『木之本も官兵衛にかけている!いや長浜もか?』
休憩所もあり、この住民が手作りで案内、説明の展示物を作っている。 バスも止まる!
黒田家御廟所の前は池がある?????
琵琶湖をかたどっている。
瀬田の大橋もある。

休憩所は冷たいお茶を出してくれる。
ボランティアのおじさんはここが黒田家発祥と疑っていない。
信じる者は強い!
西脇市、黒田庄の名前なんか出せない!

手作りの案内説明なので温かみを感じる。
が間違いを?見つけてしまった。
説明に、『~有馬幽閉から関ヶ原へ~』
とあった。 有岡の間違いだろう!
言いにくかったがおじさんに、「間違い?勘違いではないか?」と言いました。

西脇市、黒田庄 荘厳寺(黒田庄町黒田)
ここも生まれだとの伝説がある??
誰もいない! テープが流れている!!

熱意が違った???
飾り立てているのはどうなのかなと???

で著者の意見がある!!
ブームに違和感があると!
城の格付け、ランキングが問題だと! 選定に参加している?
ベスト100??
放送局のインタビューがある!
必ずバランスを取って、反対意見と賛成意見を聞く!
そうして少数意見と言うことで、どうでもいい意見を聞く!!

城の選定もバランスを考える!
何も無いと言うわけにはいかない!
そう言う基準で選ぶ???
営業サイドから注文もある!!

城は全てオーダーメイドだと!
戦国の城はバラエティに富んでいる!!
一律に城といっても比較も何も出来ない??
姫路城と大阪城ならともかく、御着城を比較でき無いと!!


◇ より深く知りたい方のために
著者の宣伝?? 推薦本!!
・北条太平記  みかめゆきよみ  漫画
・1からわかる日本の城
・図解  戦国の城が一番よく分かる本
・「城取の」の軍事学
・鎌倉草創 東国武士たちの革命戦争

また読んでいきたい!!!


◇ あとがき
著者の本を読むのは?
・歴史の専門家
・歴史オタク

個人的には、小学校の時、伝記小説を読んだ!
夏休みに学校の図書館で借りてよく読んだ!
今から言うと、源平から戦国時代の武将である!
それから一番影響を受けたのは「司馬遼太郎」である!
衝撃だったが、今は冷ややかに見ている!
沢山の研究者の一般向けの本をよく読んだ!

著者は正直である!!
印税を稼ぐために書いている!
面白かったと思ってくれればよいと!!
【申し訳ないが図書館で借りている】
【先日はバーゲン本を買ったが………】

著者の現場感覚??
何を得ようが、得まいがあなたの勝手であると!!!

 


戦国武将の現場感覚―戦略・外交・天下取り……… 乱世のリアルとは ②・西股総生

 

2023年10月25日 (水)

本・東国武将たちの戦国史 「軍事」的視点から読み解く人物と作戦 ①(2015/11)・西股総生

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合戦と英雄ではなく、戦争と人間の物語
「作戦」「戦役」「軍事の階層構造」「戦場の霧」
これまでの歴史学では使われなかった軍事概念をキーに見直す戦乱の120年!

 

関東戦国史はよく分からない?
伊東潤の小説でいくらか知ったが………
著者の本は、本郷和人の推薦で読んだのが最初である!
大変興味深いと感じている!!

1530


駿河、伊豆、相模
阿波、下総、上総
常陸、上野、下野、
甲斐、信濃
武蔵

阿波、下総、上総
常陸、上野、下野、
武蔵
以上は分からない??
常陸は佐竹氏!
関東は中欧みたいなのか??
大国の侵略を受ける?
・越後 長尾、上杉
・甲斐 武田
・相模 北条
・間接的に駿河 今川
・武蔵 山内上杉、扇谷上杉………

知識としたら、鎌倉時代の方がある??
新しい知識を得ることが出来た………
内容は下記の通りである!! ① ②と分けて紹介する!!

 


まえがき
第一章 長尾景春と太田道潅 戦国への幕を引き破った二人の天才
第二章 伊勢宗瑞と北条氏綱 戦国大名北条家の勃興
第三章 武田信虎の甲斐統一戦 名門守護家から戦国大名へ
第四章 長尾為景の下剋上 権力簒奪の甘い罠
第五章 河越夜戦 北条氏康、勝機に賭ける


第六章 山本菅助の虚実 伝説の闇に消えた辣腕の傭兵隊長
第七章 越山 孤高の軍神、関東平野に立つ
第八章 永禄十二年の武田軍関東侵攻 もっとも戦国的な戦い
第九章 武田勝頼の苦闘 盛者必滅の宿命を背負った悲運の勇将
第十章 小田原の役 関東百年帝国の終焉
あとがき
参考文献

 

調べてみた!!
◆ 鎌倉公方
代 名前 在職期間 備考
- 足利義詮 1336年 1349年
初代 足利基氏 1349年 1367年
2代 足利氏満 1367年 1398年
3代 足利満兼 1398年 1409年
4代 足利持氏 1409年 1439年 永享の乱で自刃 これによって鎌倉公方は一時断絶
5代 足利成氏 1449年 1455年 1455年に下総国古河へ移り、古河公方に!
- 足利政知 1457年、鎌倉公方として幕府より派遣されるが、伊豆堀越に留まったため、堀越公方に!
- 足利成氏 1483年 1483年、幕府との和睦 鎌倉公方として復権するが、鎌倉には戻らなかった

◆ 古河公方
初代 足利成氏 1455年 1497年 上杉憲忠 第5代鎌倉公方
2代 足利政氏  1497年 1512年 上杉顕定
3代 足利高基  1512年 1535年 上杉憲房
4代 足利晴氏  1535年 1552年 上杉憲政
5代 足利義氏  1552年 1583年 北条氏康(足利義氏補任)
 足利藤氏 1561年 1562年? 義氏の就任を認めない上杉輝虎(謙信)らが擁立
通常、歴代には数えられない。

◆ 堀越公方
足利政知   1457年 1491年
足利茶々丸  1491年 1493年

◆ 小弓公方
足利義明 1517年 1538年
足利頼純 1590年

 

まえがき
・文明8年  1476年 長尾春景の乱
・天正18年 1590年 小田原攻め
100年にわたる東国の戦国史を10のエピソードで描く!
あまり知られていない武将が多い!
マイナーな武将たちである!

特に兵数はどうなのか?
奥州藤原17万騎?
騎?? 普通に考えると騎ばかりでは軍は成り立たない!
騎と言えば2.3人の従者が付くのか?
とんでもない数になる!
それをどういう風に扱うのか??

 

第一章 長尾景春と太田道潅 戦国への幕を引き破った二人の天才
◆ 長尾景春の乱! 
室町時代後期から戦国時代にかけての武将 白井長尾氏5代当主
北条早雲と並ぶ関東における下克上の雄の一人

小学生のギャグ!
江戸城作ったのは??
太田道灌!
大工や???

・長尾景春
・太田道灌
・山内顕定
・扇谷定正
・長尾忠景
・足利茂氏
日本から、関西から見ればマイナーな存在である!
がドラマ性はあり過ぎるぐらいある!!

◆ 内乱の世紀 関東上杉氏とは??
武家・華族だった日本の氏族!
京都の地下家だったが鎌倉将軍宗尊親王の関東下向に供奉して武家になったとされ、
室町時代には足利氏との血縁から関東管領を世襲して関東に広く勢力を広げる!
・扇谷
・宅間
・犬懸
・山内
4家に分かれ、扇谷と山内の上杉家が栄えたが、後北条氏との戦いで扇谷が滅ぼされ、
山内当主上杉憲政も越後へ逃れ、長尾家出身の長尾景虎(上杉謙信)に家督を譲る!

鎌倉公方
・1336年 足利義詮 関東への抑え!
・1349年 初代 足利基氏
基氏以降の公方は、京の乱れで自ら将軍になろうとする!
・1416年 上杉禅秀の乱
・1438年 永亨の乱
・1440年 結城合戦

越後上杉氏は上杉と同族で口を出す?

◆ 1454年 享徳の乱 戦国の走りか?
享徳3年~文明14年
室町幕府8代将軍・足利義政の時に起こり、28年間断続的に続いた内乱
第5代鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を暗殺した事に端を発し、
室町幕府・足利将軍家と結んだ山内上杉家・扇谷上杉家が、
鎌倉公方の足利成氏と争い、関東地方一円に拡大!
成氏は古河に入り、古河公方と呼ばれる!
利根川を挟んで2分される!
・古河公方
・管領上杉氏 

将軍・足利義政は政知を派遣するが、鎌倉にも入れず、
伊豆の堀越に入り堀越公方と呼ばれる!
注目される若手は?
・長尾景春
・太田道灌

◆ 叛乱の芽
・文明5年 1473年 山内家家宰 長尾景信死亡!
嫡男景春は後を継げず、叔父忠景が継ぐ!
要は、一戦必要か?
山内顕定・忠景VS景春!
景春は軍事的才能がある!
道灌を味方にしたいが上手くいかない!

「太田道灌状」
真偽があるが、著者はおおむね正しいと!

◆ 文明8年 1476年 駿河守護 今川義忠横死
山内顕定は道灌を駿河へ派遣!
そのすきに景春挙兵!
兵站を狙う!
太田道灌は動かない!
この乱を扇谷家のために利用する!
相模と南武蔵を抑える!
扇谷定正は動かない?
この辺りは、土豪、国人領主は有利な方に付く!

「江古田・沼袋の合戦」 長尾景春の乱における局地戦
・文明9年 1477年 太田道灌と豊島泰明との間で行われた

景春は失敗し、道灌の戦略は成功する!!
ここらはなじみも無くわかり難い!
参加した武将は? 一応聞けば知っている一族も多い!
鎌倉以来か?

古河公方側
古河公方  足利成氏
結城氏   結城成朝、結城氏広、多賀谷氏家、多賀谷朝経
簗田氏   簗田持助
小山氏   小山持政、小山成長
宇都宮氏  宇都宮明綱、宇都宮正綱、宇都宮成綱
里見氏   里見義実
小田氏   小田持家、小田朝久、小田成治
上総武田氏 武田信長、武田信高
上総酒井氏 酒井定隆
岩松氏   岩松持国、岩松次郎、岩松成兼
下那須氏  那須資持、那須資実
成田氏   成田正等
筑波氏   筑波潤朝
下総千葉氏 馬加康胤、原胤房、原胤茂、千葉孝胤
白井長尾氏 長尾景春
高梨氏   高梨政高
村上氏   村上政清

堀越公方側
堀越公方  足利政知、渋川義鏡、上杉教朝、上杉政憲
山内上杉家 上杉房顕、上杉顕定、長尾景仲、長尾景信、長尾忠景、大石房重、大石顕重
八条上杉家 上杉持定
扇谷上杉家 上杉持朝、上杉顕房、上杉政真、上杉定正、太田道真、太田道灌、三浦時高、大森氏頼
越後上杉家 上杉房定、上杉定昌
犬懸上杉家 上杉憲秋、上杉持房、上杉教房
足利長尾氏 長尾景人、長尾定景、長尾房清、長尾景長
岩松氏   岩松家純、横瀬貞国、横瀬国繁、横瀬成繁
上那須氏  那須氏資、那須明資
武蔵千葉氏 千葉胤直、千葉胤宣、千葉胤賢、千葉実胤、千葉自胤
東氏    東常縁、東縁数
宇都宮氏  都宮等綱
本庄氏   本庄信明
今川氏   今川範忠、今川義忠
武田氏   武田信昌

佐竹、八田は???

4年後和議が成立! 「都鄙合体」
・文明11年 1479年 成氏は幕府とも和議を申し出、文明14年11月27日 1483年に至り、
幕府と成氏との和睦が成立し、成氏が引き続き関東を統治する一方で、
伊豆の支配権については政知に譲ることになる!

◆ 関東三分
山内顕定と扇谷定正は??
堀越公方が浮いた状態になる!
関東は三分される!
・古河公方
・山内家
・扇谷家
直ぐに崩れる和平か??
道灌、景春に対する不満、疑惑が出る!
やっかみ、嫉妬か??

・文明18年 1486年 定正は道灌を誅する!
道灌は「当方滅亡!」と叫ぶ!
扇谷家は終わりだ???

・長享元年 1487年 山内、扇谷と全面戦争に?
この時期を景春は見逃さない!
かっての敵を助ける!

・明応3年 1494年 定正政落馬頓死 定正の養子 朝良が後継である!
・永正元年 1504年 朝良と景春は今川氏親の援軍を得て山内軍に勝つ!
今川に伊勢宗瑞がいる!
18年後、朝良は屈する!

・永正3年 1506年 古河公方の内紛で内乱になる! 永正の乱!
・永正4年 1507年 越後で守護代長尾為景が主君を嗜虐、実権を握る!
・永世7年 1600年 顕定 死亡
景春は67歳! 以降の消息は不明!!

◆ 乱の軍事史的意義
戦いは兵が多い方が勝つ!
長引けば双方消耗する!
家ごとの集団で寄せ集めである!

城郭も永久的ではなく、目的を達すれば破棄される?
「戦術的築城」

戦争も単純なものではなく、頭がいる??
兵法? 孫子の世界になる!
作戦である!
戦場の変化である!
気が付いたどうか??

関東は「敵の敵は味方」
直ぐに手を切り昨日の敵が味方になる!
・太田道灌
貧欲な野心家?
目的のためには戦争を躊躇なく用いる
「名将」であるが「名君」ではないと!!

・長尾景春
戦術家ではあるが、戦略家ではない?
何のために戦ったのか??
不遇の天才戦術家??

 

第二章 伊勢宗瑞と北条氏綱 戦国大名北条家の勃興
関東は??
・古河公方
・堀越公方
・山内上杉
・扇谷上杉
大きく4つに分裂して争っている!
北条は5代100年、内訌も起こさず存在した、まれな存在だと!

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◆ 伊勢宗瑞! 北条早雲である!
・備中伊勢氏
・高級官僚で相応の教養と政治的センスを持っている
・姉 北河殿が駿河守護職今川義忠に嫁いでいる!

・文明8年 1476年 今川義忠関東出兵で落命!
家督争いで扇谷家の太田道灌が派遣される!
範満が家督を相続!
宗瑞の甥、北河殿の子 竜王丸は敗れる!
この頃宗瑞は駿河に下向!
20代後半??

・文明18年 1486年 定正は道灌を誅する!
・長享元年  1487年 山内、扇谷と全面戦争に?
ここで今川の範満を竜王まるを擁立 氏親である!

◆ 伊豆侵攻
堀越公方 政知が不遇をかこっている!
本来なら自分も将軍後継の資格がある!
3人の息子がいる!
・茶々丸
・順童子
・清晃

細川政元が、清晃を次期将軍に?
これに政知は乗る??
順童子に堀越公方を継がす??
・永徳3年 クーデター前に政知死亡!
茶々丸は、順童子と母を斬り自力で家督を奪う!!

・明応2年 1493年 清晃は11代将軍 義澄になる!
茶々丸に対する恨み骨髄か???
討伐を命じるが、逃亡……… 終わっている!

・明応3年 1494年 宗瑞は関東に出兵する!!
・明応7年 1498年 宗瑞は甲斐で茶々丸を討つ
・永正元年 1504年 山内顕定は扇谷山内領に侵攻
氏親と宗瑞は撃退!

・永正2年 1505年 扇谷朝良は屈する! 長亨の乱終了!
・永正3年 1506年 相模西部で検地を実施

◆ 戦国大名への道!
古河公方で内紛 
政氏と嫡男高素と不和になり全面戦争へ………
・永正6年 1509年 山内顕定・憲房親子は長尾為景討伐で、越後出兵
が、顕定戦史!
弟顕実が継ぐ!

・永正9年 1512年 宗瑞は扇谷軍の岡崎城攻略
・永正10年 1513年 三浦道寸の三浦半島に兵を進める
・永正13年 1516年 新井城陥落
・永正15年 1518年 扇谷朝良死亡で政氏は高基に譲る!
高基の弟、義明は不満で小弓に居を構えて、小弓公方を称する!

◆ 伊勢宗瑞は何故伊豆に来たのか?
京におっても活躍できた?
三好長慶や、松永弾正のように………
宗瑞は下剋上を行っていない?
乱世の隙に乗じて対立を煽り、勢力拡大する!
不満分子を糾合し、足軽の有効性を上手く使う!
宗瑞は旧暦の8月に軍事行動を起こしている!
略奪をエサにしている?
・永正15年 1518年 宗瑞は氏綱に家督を譲り、亡くなる!

【脂ぎった梟雄ではなさそうである】

◆ 簒奪から建国へ 北条氏綱!
奥州藤原氏
・藤原清衡
・藤原基衡
・藤原秀衡
・藤原泰衡  滅亡
二代目 基衡は影が薄い??

北条家
・伊勢宗瑞
・北条氏綱
・北条氏康
・北条氏政
・北条氏直

比較すると分かる!
2代目 藤原基衡と北条氏綱は影が薄い!!
もっと評価されても良い!
4代目、藤原泰衡と北条氏政は評価されない!
北条氏政は父氏康から、飯に二度汁をかけて非難されている??
・永正15年 1518年 氏綱は家督を譲られる! 31歳である!
「虎の印判状」

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領国支配に役立つ!!
この官僚機構は、
・知行
・軍役
・課役
それらをきちんとして内政に取り組む?
江戸城攻略に向かう!
扇谷朝興は対抗上結ぶ!
・山内憲政
・甲斐武田信虎
・長尾為景を引き入れる!
積極攻勢である
・江戸を脅かす
・武田軍の相模侵入…………

氏綱は? 四面楚歌???
・江戸城攻略
・長尾為景に調略を仕掛ける! 失敗!
・今川氏親死亡、氏輝が相続
が甲斐武田に近づく!

◆ 氏綱は動く!
・敵の敵は味方
・遠交近攻

・三浦半島へ介入
・阿波に侵入
・上総武田氏の内紛
・今川氏輝と甲斐侵攻
・天文5年 1536年 氏親死亡
「花倉の乱」で今川義元誕生!
これには北条、武田が義元を支持する!
が義元は武田から娘を妻に迎える!
北条より武田を選んだ?

・河東一乱 氏綱は義元と断交!
・この時期安房で氏綱軍は孤立! 帰国出来ない!!
謝罪と弁明を繰り返し撤退できる! 謝罪で済めば安いものである!

・扇谷朝興が死亡! 以降失敗で退勢になる! 終わりである!!

・天文7年 1538年 第一次国府台合戦
小弓公方 足利義明は房総の諸将と氏綱に挑む?
氏綱は戦意不足と見て敵前渡河を強行!
これを足利義明は渡らして決戦する!
【宋襄の仁??】
義明、嫡男、弟と戦死!!

◆ 100年帝国のいしずえ
・鶴岡八幡宮再興
これにカンパを求める!
踏み絵になる?
氏綱か、公方・管領のどちらを選ぶのか??

氏綱の獲得した者は?
一 臨時徴税を迅速・正確に行う
二 大量動員
三 同じく大領物資を調達・集積する
四 家臣の負担能力の把握

・天文8年 1539年 氏綱は娘を古河公方晴氏の室に入れる!
宗瑞は堀越公方を、小弓公方は氏綱に抹殺され、
扇谷家は消滅寸前!
古河公方も氏綱が手に入れる?

・天文9年 1540年 氏綱死亡、氏康が後を継ぐ!

◆ 氏綱は名将!
・守成の功
宗瑞は「他国を椋め取る」が氏綱は「自分の国を造る」
獲得した範囲は広くないが確実に重要地点を確保した!
印判状で合理的に支配した!

・優れた用兵家
江戸城奪取、河越城攻略、国府台合戦で勝てるように戦っている!
冒険はしないが、大胆でもある!!

褒め過ぎか??
・綿密な計画性と臨機応変
・冷静さと果断さ
・戦略、外交、謀略、内政にバランスの良い資質を有している
・戦国最優秀武将の一人!
・5代100年の王国のいしずえか???

 

第三章 武田信虎の甲斐統一戦 名門守護家から戦国大名へ

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評価は高くない??
肖像は、息子信廉が描く!

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◆ 甲斐統一戦
甲斐は山国である!
駿河、信濃、相模、武蔵と国境を接している!
信虎は河内源氏の流れである!
・寛政6年 1465年 武田信昌により甲斐の騒乱は終息
・延徳4年 1492年 信昌は嫡男・信縄でなく、次子油川信恵に譲る
信昌・信恵は今川氏親・伊勢宗瑞と連携
信縄は茶々丸と連携!

・明応7年 1498年 大地震に台風! これで和解!
信縄が後継者!

・明応3年 1494年 信縄に男子が誕生! 信虎である!
・永正2年 1505年 信昌死亡
・永正3年 1506年 信縄死亡
信恵はこの時期に兵をあげる!
信虎は若くして勝利を得る!

・永正12年 1515年 大井信達が叛旗を翻す!
今川氏親は反信虎であるが、あっさり講和する!
信虎は大井信達の娘を正室に迎える!
戦利品か

・永正16年 1519年 本拠地を躑躅ヶ崎に移す!
来るべき乱に備える!!
直属の傭兵を持つ!!!

◆ 対外戦争へ
・大永元年 1521年 今川軍が侵入!
今川撤退!
この時期に信玄が生まれる!
信虎は甲斐一国の当主であると示す!

同時期は?
・氏綱が武蔵侵攻である!
・扇谷朝興 山内家と融和、信虎に共闘申し入れ、
小弓公方義明、里見、上総武田らに働きかける!
朝興は叔母を信虎の側室に差し出す!
娘を晴信の正室に? 死亡!
なりふり構わない??

・享禄4年 1531年 甲斐内で叛乱!
徹底的に壊滅を図る!
統治に持ち河を入れて、「信虎」の朱印を用いる!

・天文3年 1534年 今川氏輝 北条と結び甲斐侵攻!
・天文4年 1535年 信虎は今川領侵攻 北条氏綱が甲斐侵攻!
・天文5年 1536年 今川氏輝と弟急死!
「花蔵の乱」
義元が後継者で勝つ!
武田と今川が支持???
甲駿同盟!
・信虎の息女は義元の正室に
・晴信の晴は将軍義晴の晴を貰う!
・信玄に三条公頼の息女を正室に迎える!

新たな展望が開ける!
・天文6年 1537年 扇谷朝興死亡!
・天文8年 1539年 信虎は信濃侵攻!
・天文10年 1541年 甲斐大飢饉!
信虎は駿河へ訪問!
クーデターで晴信は信虎追放??
北条氏康が病に倒れて、氏康が家督を継ぐ!
時代の変わり目である!

◆ 信虎のその後!
・信虎は今川家を頼る
・義元に嫁いだ娘が亡くなり上京する
・将軍義輝に伺候する
・殺害後、義昭に伺候
・義昭追放後、信玄病死!
・武田に戻る!!

◆ 信虎の戦略と限界は
・追放時48歳、信玄20歳!
要は信玄を正当化するためことさら悪く書かれる?
勝頼もである??

信虎の領国経営は?
一 強引な権力集中が反発を招いた?
二 外征の軍事負担? 信玄の時代方が多い!
三 場当たり的な外交?  臨機応変か?
四 飢餓など国内の疲弊?
どうも当てはまらない??
それより人間性に問題がある!
貧欲で猜疑心が強く、残忍な独裁者に成長したと!
晴信が危機を抱いて先手を打った??

この時期は世代の交代がある?
・長尾為景
・今川氏親
・北条氏綱
・斎藤道三
・織田信秀………
いずれも自分で勝ち取っている?
中央集権を進めての権力集中?
が国内をその気にさせることも必要である!
・風林火山
・毘
・天下布武
・厭離穢土欣求浄土

・天正2年 1574年 故郷に戻り81歳で死ぬ!

 

第四章 長尾為景の下剋上 権力簒奪の甘い罠
◆ 戦国大名は?
⑴ 守護大名が戦国大名に
・甲斐 武田
・駿河 今川
・豊後 大友
・薩摩 島津

⑵ 守護代が戦国大名化
・越前 朝倉 斯波氏から
・美濃 斎藤 土岐氏から ただし道三の父親が何者か分からない! ⑷か?
・出雲 尼子 京極氏から
・周防 陶  大内氏から

⑶ 地方領主から戦国大名に
・陸奥 芦名
・近江 浅井
・安芸 毛利
・土佐 長曾我部

⑷ その他
・伊勢宗瑞
・土佐中村 一条氏
・松永弾正

◆ 守護と守護代
越後は長い!

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長尾為景は越後守護代 長尾能景の嫡男である!
・文正元年 1466年 山内上杉房顕が関東で死亡!
次男 顕定が継ぐ!
扇谷上杉定正と戦う!
・享徳の乱
・長尾景春の乱

・長享元年 1487年 
山内上杉顕定と扇谷上杉定正が戦う!
この頃に為景が生まれる!

・明応3年 1494年 越後守護職上杉房定が死亡!
定昌  戦死
顕定  関東管領
房能  後継者

房能は税を徴収しようとする!
反対も多い!
叛乱されて討伐に負ける??

・永正元年 1504年 兄、顕定の求めに応じ関東出兵!
扇谷家を屈服させる!

・永正3年 1506年  越中に侵攻
長尾能景戦死!
嫡男 為景が後を継ぐ! 18歳の守護代!

・永正4年 1507年  為景は打倒房能の兵を挙げる!
房能を自害に追い込む!
反為景の兵が挙がる?
ここで大金を使い定実を越後守護に、自身を守護職にする!

房能の兄 顕定が越後に兵を進める!
為景・定実は越中に逃げる!
情勢が変わり顕定は討ち死に!

・永正9年 1512年  為景と定実が対立!
越後栄正の乱!
定実は幽閉されて、自派の勢力は各個撃破である!
壊滅状態で、房能は解放さて復帰するが、何の意味も無い!

・永正15年 1524年 越中に侵攻
・大永4年  1524年 北信濃出兵
・享禄元年  1528年 幕府に守護を認めさす!
嫡男に、将軍義晴の晴を貰い「晴景」とする!

・享禄3年  1530年 謙信生まれる! 虎千代である!
・天文2年  1533年 越後天文の乱!
為景VS定憲!
為景不利で、出家隠退、晴景に家督を譲る!
為景48歳!

◆ 簒奪と苦闘の軌跡
越後は火薬庫か??
定実が子供がいないので養子を迎える!
伊達稙宗の子に目を付けたが、賛成反対でどうにもならない!
これに晴景も巻き込まれる!
この時期、景虎は軍事的才能を見せる!

・天文17年  1548年 晴景は景虎に家督を譲る!
景虎の軍事的才能か?

長尾家は今川や武田とは違うと!
苦労人である?

・天文21年 管領山内憲政が、越後に亡命し名跡の譲渡を申し出る!
景虎は上杉を名乗るが、国内はまとまらない!
が、今川、武田、北条は滅びたが、上杉は残った!

 

第五章 河越夜戦 北条氏康、勝機に賭ける
◆ 「河越城の戦い」はあったのか?
・大永4年 1524年から4度にわたる争奪戦が展開された!
北条氏綱は武蔵制圧のため、上杉氏の居城・河越城に侵攻!

・天文15年 1546年 「河越城の戦い」で特に有名な、5度目の戦いで、
日本三大奇襲の一つ「河越夜戦」である!
ただし、この河越夜戦の実態は史料が少なく不明瞭であり、その存在自体を否定する説もある!

北条氏康軍と上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の3者連合軍が武蔵の河越城の付近で戦闘し、
北条軍が勝利を収めた戦いである!

◆ 河越は??
関東平野の要衝である!
参加兵力は?? 調べてみた!

・北条軍
北条氏康
多目元忠

・河越城
北条綱成
北条綱房
北条幻庵
大道寺盛昌

・両上杉・足利連合軍
・山内上杉軍
上杉憲政
本間江州
長野業正
長野吉業
倉賀野行政
上泉信綱
小幡憲重
赤堀上野介

・扇谷上杉軍
上杉朝定
難波田憲重
大石定久
太田資正
成田長泰
上田朝直
藤田康邦

・足利軍
足利晴氏
小田政治

上杉憲政は関東管領の地位と領国を失った?
・大永5年 1525年 父・山内憲房死亡
継嗣は古河公方から養子の慶寛!

・享禄4年 1531年 
憲政は実力で追い出すが、関東管領もかっての力はない!

・天文8年 1539年 
古河公方晴氏のもとに氏綱の娘が嫁ぐ!
氏綱を管領に任じた!

・天文10年 1541年 氏綱病死で、氏康の譲る!

他の役者は??
・武田晴信  
・今川義元  氏綱より晴信を選ぶ

これに氏康も加わると、甲相駿同盟になる!

◆ 河越城攻囲
・天文14年 1545年
氏康と北条主力が駿東で拘束されている!
山内憲政・扇谷朝定はこの機会を見逃さず河越城を包囲する!
これに古河公方晴氏も参加する!

・天文15年 1546年
晴信の調停から5カ月後に始まる!
山内憲政・扇谷朝定は楽観的になる?

◆ 両軍兵力は?
・河越城籠城  3千
・氏康     8千
妥当な数だと! 1万1千!

・山内憲政   3千
・扇谷朝定   1万2千
・古河公方晴氏 5千  戦意??
軍記では8万と言うが、2万ぐらいか?

状況を氏康は見る!
勝機はあると!

◆ 決戦は??
北条は動く!
どうも戦意の問題のようだ??
夜間行軍し、未明に戦う!
各個撃破?

連合軍は勝つチャンスはあった………
兵力、作戦も妥当であった?
作戦の実行!
連合軍は、強攻すべきだった??
氏康の援軍はまだである時期に………

氏康は決断し、綱成も積極的に打って出た!
思い切りのよい博打!!
リスクのない戦いは無い!!

◆ 戦い済んで?
・扇谷家
当主朝定と宿老を失う! 滅亡である!

・山内憲政
最終的に越後に亡命!
付き添ったのは20人?

・古河公方晴氏
儀礼的、形式的な意味しか持たない!
飾りである!!

結果、全て北条のものになった?
そして甲相駿三国同盟になる………

 


東国武将たちの戦国史 「軍事」的視点から読み解く人物と作戦 ①・西股総生

 

 

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