« 本・日中友好侵略史 ②(2022/9)・門田隆将 | トップページ | 本・武士とは何か ②(2022/10)・呉座勇一 »

2024年1月23日 (火)

本・武士とは何か ①(2022/10)・呉座勇一

Photo_20240125090601

平安後期から戦国時代にかけて、政治・社会の中心にいた中世武士!
源義家から伊達政宗まで、中世武士の行動原理に迫る!
日常的に戦闘や殺生を繰り返していた彼らのメンタリティーは、
『葉隠』『武士道』で描かれた江戸時代のサラリーマン的な武士のものとはまったく異なっていた!
忠義よりも領地とメンツが大事!
史料に残された名言、暴言、失言を手がかりに、知られざる中世武士の本質を読みとく画期的論考!

 

著者、名言殺しか???
著者の本もよく読むが、ファンである??
夢が大分崩れたが………
エピソード、逸話は当てになるのか?
誰が何のために紹介するのか?
史料を読むのも慣れているのだろうが大変である!

抜けている武将も多い?
・武田信玄
・北条早雲
出して欲しいのは??
・松永弾正
・三浦義村
大変楽しい内容である!!!

 


はじめに
1 源義家 「降人というは戦の場を逃れて、人の手にかからずして、後に咎を悔いて首をのべて参るなり」
2 平時忠 「この一門にあらざらん人は、みな人非人なるべし」
3 藤原定家「紅旗征戎、吾が墓の上に懸けよ」
4 平清盛 「頼朝が首を切りて、わが墓の上に懸けよ」
5 源義経 「関東において怨みを成すの輩は義経に属すべし」
6 源頼朝 「日本国第一の大天狗は更に他の者に非ず候か」
7 畠山重忠「謀反を企てんと欲するのよし風聞せば、かえって眉目というべし」
8 源実朝 「源氏の正統、この時に縮まりおわんぬ」
9 北条政子「その恩、既に山岳より高く溟渤より深し」
10 北条義時「君の御輿に向いて弓を引くことはいかがあらん」
11 後鳥羽上皇「およそ天下の事、今においては御口入に及ばず」
12 北条泰時「兄の思う所、建歴・承久の大敵に違うべからず」
13 竹崎季長「虚譚を申し上げ候わば、勲功を捨てられ候て首を召さるべく候
14 金沢貞将「我が100年の命を捨て、公の一日の恩に報いる」
15 後醍醐天皇「朕が新義は未来の先例たるべし」


16 足利尊氏「この世は夢のごとくに候」
17 北畠親房「一命を以て先皇に報い奉る」
18 一条経嗣「愚身ひとえに諂諛をもって先となす」
19 山名宗全「例という文字をば、向後は時という文字にかえて御心得あるべし」
20 細川勝元「正体無き者は王とも存ぜざる事なり」
21 斎藤道三「山城が子供、たわけが門外に馬を繋ぐべき事、案の内にて候」
22 今川義元「自分の力量を以て国の法度を申し付く」
23 毛利元就「ただただ三人御滅亡と思し召さるべく候」
24 上杉謙信「信玄ははかりごとある人にて、法師武者を大勢仕立ておかれ候」
25 織田信長「日向守働き、天下の面目をほどこし候」
26 明智光秀「仏の嘘をば方便と云い、武士のうそをば武略と云う」
27 森蘭丸 「父が討死の跡にて候えば坂本を賜れ」
28 豊臣秀吉「秀吉若輩之時、狐と成て、信長公の幕下の属す」
29 黒田長政「今になりて、我らが分別、鑓先にあり」
30 徳川家康「万一負け候わば、弔い合戦すべしと人数を揃え上って能く候わん」
31 石田三成「大将をする者は命を全うして、後日の合戦右心に懸る也」
32 真田信繁「忠義に軽重無し、禄の多少によるべきや」
33 伊達政宗「奪うべき時期だに身に授からぬ天下なれば望みなし
終 章 中世武士から近世武士へ
主要参考文献

 

はじめに
日本は武士の世が長い!
隣国は文官優位である!
この武家政権がなぜ続いたのか?
「武士とは何か」

武士発生論!
ここにもマルクス主義の階級闘争史観の思い込みがある!
・上層農民が武装説
・源平藤橘出身

「名言」「名セリフ」
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」
これも明治時代に作られた?
ほとんど史実ではない名言が多い!
その中から武士の意識の歴史的変遷が見える!

 

1 源義家 「降人というは戦の場を逃れて、
人の手にかからずして、後に咎を悔いて首をのべて参るなり」

「NHK大河ドラマ どうする家康」
義元の元康から家康に改名するが、家は義家の家のようだ?
武家の棟梁と言う!
「河内源氏」

・前九年の役
父頼義と安倍時頼を滅ぼす!
清原武則を味方にしている! これが大きい!
武則の息子武貞は、安倍氏に従った藤原軽清の妻と再婚する!
・実子    真衡
・妻の連れ子 養子 清衡 
・妻との子  家衡

真衡に子供が生まれず、後継者争いが起きる!
義家は真衡に味方するが病死!
清衡と家衡が争い義家は清衡に付く!
苦戦であるが、朝廷の命を無視し家衡を滅ぼす!
清衡は藤原清衡となり、奥州藤原家の祖となる!
義家は奥州の支配を諦める!
恩賞も無かった……
後に頼朝が平家、奥州藤原氏を滅ぼす………
義家の執念か??


2 平時忠 「この一門にあらざらん人は、みな人非人なるべし」
「人非人」
現在では「人の道に外れたことをする人、人でなし」
原義は仏典の「八部衆」
・天衆
・龍衆
・夜叉衆
・乾闥婆衆
・阿修羅衆
・迦楼羅衆
・緊那羅衆
・摩睺羅伽衆の8つを指す。

公家でありながら、武家との清盛と組んだ?
どうも時忠に対するやっかみから来ていると!


3 藤原定家「紅旗征戎、吾が墓の上に懸けよ」
歌人である!
平維盛が東国遠征に行った時、日記の書き込みである!
日記は「明月記」 19歳~75歳まで付けられている!
戦乱のことは書かないと!
・無責任
・芸術至上主義
【どちらも自己満足の世界か】
19歳で書き加えたのが表題である!
がこれはもっと後世に書き加えられた?
こう言うことに関心がない人間にはどうでもよいと!
この時期、定家は家族の看病で満足に日記を書けない!
治承・寿永の内乱を書けなかった?
その悔しさが「戦乱に興味がないので書かない」
何というのか………


4 平清盛 「頼朝が首を切りて、わが墓の上に懸けよ」
清盛は頼朝を助ける!! 事情は義母が助命を願った?
それは無いのでは??
伊豆へ流す………
20年後、頼朝は牙をむく!!
富士川合戦で平家惨敗!
清盛は病に倒れる!
「仏事供養は無用である、頼朝の首をわが墓の上に供えよ」
これも真偽の説がある!

反乱の中心は頼朝である!
木曽義仲、武田信義は頼朝に呼応していない!
あくまで平家は頼朝打倒である!
実際に言ったとしても納得出来ると???


5 源義経 「関東において怨みを成すの輩は義経に属すべし」
義経は頼朝に鎌倉入りを禁じられた!
「腰越状」 真偽の意見がある!
「関東において怨みを成すの輩は義経に属すべし」
・貧しさの中でたくましく育った野生児
・流浪の勇者
・この生い立ちが嘘くさい??
・「五位尉」に頼朝の承認もなく受任した? 考えにくい!“
・越越状の作成の経緯が様々ある?
後世の偽作だと!!

「頼朝に恨みがある者は、俺についてこい」
北条氏全盛時に書かれた歴史書である!
源氏の滅亡を必然とする説明のためだと!
義経は自分の軍理的才能に自信を持っていた??
がそれは「鎌倉殿の代官」と言う権威に依拠していると!


6 源頼朝 「日本国第一の大天狗は更に他の者に非ず候か」
実戦経験はあるのか?
将の将たる器か??

平家滅亡後後白河上皇は頼朝、義経対立時、
義経に頼朝追討の「院宣」を与えた!
が義経に応じるものはまったくいなかった?
あっけなく敗退!
後白河上皇は「院宣」は脅されて出したと?
【後鳥羽上皇と同じく貴人はそんなものか?】
これに対して、頼朝は「日本一の大天狗」と応酬する!

結論は、大天狗と後白河上皇をあざけったので、
後白河上皇はその場しのぎの対応が多く、政治能力は低い!!


7 畠山重忠「謀反を企てんと欲するのよし風聞せば、かえって眉目というべし」
三河武士と言えば本多平八郎!
鎌倉武士は畠山重忠!

本多忠勝は主君のために死ぬことが忠義だと?
ひたすら主人のために忠義を尽くす!
それが江戸時代の武士道である!

中世武士は違うと!
畠山重忠の代官が不正を働いた!
が本人は関係ないというか、自分は忠誠を誓っている!
そのままになる………
中世では不当な扱いを受けた主君に使えるのは腰抜けだと!
仕えるに値しない主君には謀叛も許される?
「謀叛の噂は名誉なことだと」
自身の最後の戦いでさわやかに死ぬ!!


8 源実朝 「源氏の正統、この時に縮まりおわんぬ」
自身で源氏将軍が終わる?
それを前提で行動する!
近衛大将への任官を望む!
諫められるが、将軍家の家格を上げるために必要だと!
これは創作か???

実朝は自分の死を予測していたと!
他にも例がある!

和田合戦では陣頭指揮を執った?
中国に渡るために巨船を造り失敗する!
どうも北条氏が実権を握っていたと言う!
幕府支配を正当化している!!

橋の修理など現実的な対応をしている!
和歌と官位昇進に熱中する神頼みの人物は、
「吾妻鏡」によってもたらされた虚像だと!


9 北条政子「その恩、既に山岳より高く溟渤より深し」
尼将軍! 強い女!!
子供は志半ばで死に、頼朝の弟も死んでいる!
血にまみれている??

承久の乱である!
御家人を前に政子が檄を飛ばす!!

三代将軍実朝が暗殺されて、摂関将軍三寅が京から来る!
これに反発する勢力もある!
北条支配に反発も多い!
ここを後鳥羽上皇がつく!!
義時追討である! これで反義時勢力を離反させたい!

御家人を前に政子が演説する!
頼朝への奉公を、幕府への奉公にすり替えた?
父時政を追放している!
猛女である???
その発言には重みがある…………


10 北条義時「君の御輿に向いて弓を引くことはいかがあらん」
後鳥羽上皇の北条義時追討令!
義時の追討である! 幕府ではない??
これに御家人は反撃する!
北条政子の演説である!
泰時は18騎で出発する!
この決断が勝利につながる!
最終的には3方向から19万騎と言う??

逸話は色々あるが、泰時は義時に尋ねる!
もし後鳥羽上皇が出陣してきたらどうするのか?
その時は恭順しろと???
この逸話は公家側の願望だと!

関ケ原に秀頼が出陣したら?
と同じifであるが、苦戦はした??
が、倒幕は不可能ではなかったと!

結果から導かれた逸話か??


11 後鳥羽上皇「およそ天下の事、今においては御口入に及ばず」
歴代トップの実力を持つ!
文化人で武人である!
承久の乱!
負けた理由は??
認識が甘かった?
上皇に付いた武士も弱すぎた?
敗北を認め「院宣」を出す!
ただし責任を武士に押しつける?
これも結果から導かれた逸話か??
結果、天皇の決定権も幕府が握る!
後鳥羽上皇の血統は外されるが………
本郷和人は日本史の転換点だと!


12 北条泰時「兄の思う所、建歴・承久の大敵に違うべからず」
「御成敗式目」を制定する!
義時の後継者である!
伊賀局の陰謀もあったようだ………

武士も読み書きできるものが少ない!
分るようにしたい!
公正、公平な裁判を受けれるようにする!

実際公正なようであった!
この時代は母親の身分が問題になる!
泰時の母親は身分が高くない!
弟・朝時、政村の方が身分が高い??
それだけに苦労している!
義時が亡くなった時、遺領をほとんど相続していない!
執権で十分だと!
身内に敵対勢力がいる!

・評定衆創設による集団指導体制の導入
・御成敗式目による法の支配
権力基盤の弱い泰時の苦肉の策だったと???


13 竹崎季長「虚譚を申し上げ候わば、勲功を捨てられ候て首を召さるべく候
絵画で後世に名を残した?
自身は戦闘員なので、その場面を描いている!
自慢話である!
全体の大局観には欠ける?
「蒙古襲来絵詞」
この史料は価値がある?

竹崎季長は所領を持たない貧乏武士だと!
元寇をチャンスと見た!
食い詰め牢人だと!
文永の役は、鎌倉武士の勇戦だと!
「自主撤退」でも「神風」でも無いと!

竹崎季長は鎌倉に向かう!!
恩賞を獲得したい??
この時の絵も参考になようだ?
必死で安達泰盛に食らいつく!
恩賞ではなく名誉の問題だと?
泰盛は根負けする!
ごね得か???


14 金沢貞将「我が100年の命を捨て、公の一日の恩に報いる」
太平記は三部構成である!
第一部
後醍醐天皇 善
北条高時  悪

北条一門は数が多い!
それに悪で描かれていない!
むしろ奮闘したと!
・極楽寺流
・名越流
・大仏流
・金沢流………

金沢貞将! 奮闘する!
敗戦前に高時のところに行く!
「両探題職」のいずれかに指名すると!
感謝し、32歳で討ち死にする!

この両探題は、執権、連署を表す!
空白の執権職を与えると? 17代執権?

北条一門は「義を思う武士」と評価する!
逆に足利尊氏を「武士の風上にも置けないやつ」
これには納得する!!


15 後醍醐天皇「朕が新義は未来の先例たるべし」
「新儀」
当時は先例主義を基調とする!
新しいことに取り組むのは「非法」に通じる!
今先例も始めた時は「新儀」だったと?

「建武の新政」
このあたりになると、北条から天皇に変わったかと言って何が違うのか??
「王政復古」
マア、そんなに革新性があったのか?
「朕が新義は未来の先例たるべし」
そんな革新性があったのか?
評価する、しないと分かれる??
結局は負けているし、反抗もされている??
【時代が要求しなかった?】

 


武士とは何か ①・呉座勇一

 

 

« 本・日中友好侵略史 ②(2022/9)・門田隆将 | トップページ | 本・武士とは何か ②(2022/10)・呉座勇一 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

平安時代」カテゴリの記事

鎌倉時代」カテゴリの記事

 戦国武将(武将)」カテゴリの記事

源平合戦」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 本・日中友好侵略史 ②(2022/9)・門田隆将 | トップページ | 本・武士とは何か ②(2022/10)・呉座勇一 »

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のコメント

カテゴリー

無料ブログはココログ