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2023年10月25日 (水)

本・東国武将たちの戦国史 「軍事」的視点から読み解く人物と作戦 ①(2015/11)・西股総生

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合戦と英雄ではなく、戦争と人間の物語
「作戦」「戦役」「軍事の階層構造」「戦場の霧」
これまでの歴史学では使われなかった軍事概念をキーに見直す戦乱の120年!

 

関東戦国史はよく分からない?
伊東潤の小説でいくらか知ったが………
著者の本は、本郷和人の推薦で読んだのが最初である!
大変興味深いと感じている!!

1530


駿河、伊豆、相模
阿波、下総、上総
常陸、上野、下野、
甲斐、信濃
武蔵

阿波、下総、上総
常陸、上野、下野、
武蔵
以上は分からない??
常陸は佐竹氏!
関東は中欧みたいなのか??
大国の侵略を受ける?
・越後 長尾、上杉
・甲斐 武田
・相模 北条
・間接的に駿河 今川
・武蔵 山内上杉、扇谷上杉………

知識としたら、鎌倉時代の方がある??
新しい知識を得ることが出来た………
内容は下記の通りである!! ① ②と分けて紹介する!!

 


まえがき
第一章 長尾景春と太田道潅 戦国への幕を引き破った二人の天才
第二章 伊勢宗瑞と北条氏綱 戦国大名北条家の勃興
第三章 武田信虎の甲斐統一戦 名門守護家から戦国大名へ
第四章 長尾為景の下剋上 権力簒奪の甘い罠
第五章 河越夜戦 北条氏康、勝機に賭ける


第六章 山本菅助の虚実 伝説の闇に消えた辣腕の傭兵隊長
第七章 越山 孤高の軍神、関東平野に立つ
第八章 永禄十二年の武田軍関東侵攻 もっとも戦国的な戦い
第九章 武田勝頼の苦闘 盛者必滅の宿命を背負った悲運の勇将
第十章 小田原の役 関東百年帝国の終焉
あとがき
参考文献

 

調べてみた!!
◆ 鎌倉公方
代 名前 在職期間 備考
- 足利義詮 1336年 1349年
初代 足利基氏 1349年 1367年
2代 足利氏満 1367年 1398年
3代 足利満兼 1398年 1409年
4代 足利持氏 1409年 1439年 永享の乱で自刃 これによって鎌倉公方は一時断絶
5代 足利成氏 1449年 1455年 1455年に下総国古河へ移り、古河公方に!
- 足利政知 1457年、鎌倉公方として幕府より派遣されるが、伊豆堀越に留まったため、堀越公方に!
- 足利成氏 1483年 1483年、幕府との和睦 鎌倉公方として復権するが、鎌倉には戻らなかった

◆ 古河公方
初代 足利成氏 1455年 1497年 上杉憲忠 第5代鎌倉公方
2代 足利政氏  1497年 1512年 上杉顕定
3代 足利高基  1512年 1535年 上杉憲房
4代 足利晴氏  1535年 1552年 上杉憲政
5代 足利義氏  1552年 1583年 北条氏康(足利義氏補任)
 足利藤氏 1561年 1562年? 義氏の就任を認めない上杉輝虎(謙信)らが擁立
通常、歴代には数えられない。

◆ 堀越公方
足利政知   1457年 1491年
足利茶々丸  1491年 1493年

◆ 小弓公方
足利義明 1517年 1538年
足利頼純 1590年

 

まえがき
・文明8年  1476年 長尾春景の乱
・天正18年 1590年 小田原攻め
100年にわたる東国の戦国史を10のエピソードで描く!
あまり知られていない武将が多い!
マイナーな武将たちである!

特に兵数はどうなのか?
奥州藤原17万騎?
騎?? 普通に考えると騎ばかりでは軍は成り立たない!
騎と言えば2.3人の従者が付くのか?
とんでもない数になる!
それをどういう風に扱うのか??

 

第一章 長尾景春と太田道潅 戦国への幕を引き破った二人の天才
◆ 長尾景春の乱! 
室町時代後期から戦国時代にかけての武将 白井長尾氏5代当主
北条早雲と並ぶ関東における下克上の雄の一人

小学生のギャグ!
江戸城作ったのは??
太田道灌!
大工や???

・長尾景春
・太田道灌
・山内顕定
・扇谷定正
・長尾忠景
・足利茂氏
日本から、関西から見ればマイナーな存在である!
がドラマ性はあり過ぎるぐらいある!!

◆ 内乱の世紀 関東上杉氏とは??
武家・華族だった日本の氏族!
京都の地下家だったが鎌倉将軍宗尊親王の関東下向に供奉して武家になったとされ、
室町時代には足利氏との血縁から関東管領を世襲して関東に広く勢力を広げる!
・扇谷
・宅間
・犬懸
・山内
4家に分かれ、扇谷と山内の上杉家が栄えたが、後北条氏との戦いで扇谷が滅ぼされ、
山内当主上杉憲政も越後へ逃れ、長尾家出身の長尾景虎(上杉謙信)に家督を譲る!

鎌倉公方
・1336年 足利義詮 関東への抑え!
・1349年 初代 足利基氏
基氏以降の公方は、京の乱れで自ら将軍になろうとする!
・1416年 上杉禅秀の乱
・1438年 永亨の乱
・1440年 結城合戦

越後上杉氏は上杉と同族で口を出す?

◆ 1454年 享徳の乱 戦国の走りか?
享徳3年~文明14年
室町幕府8代将軍・足利義政の時に起こり、28年間断続的に続いた内乱
第5代鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を暗殺した事に端を発し、
室町幕府・足利将軍家と結んだ山内上杉家・扇谷上杉家が、
鎌倉公方の足利成氏と争い、関東地方一円に拡大!
成氏は古河に入り、古河公方と呼ばれる!
利根川を挟んで2分される!
・古河公方
・管領上杉氏 

将軍・足利義政は政知を派遣するが、鎌倉にも入れず、
伊豆の堀越に入り堀越公方と呼ばれる!
注目される若手は?
・長尾景春
・太田道灌

◆ 叛乱の芽
・文明5年 1473年 山内家家宰 長尾景信死亡!
嫡男景春は後を継げず、叔父忠景が継ぐ!
要は、一戦必要か?
山内顕定・忠景VS景春!
景春は軍事的才能がある!
道灌を味方にしたいが上手くいかない!

「太田道灌状」
真偽があるが、著者はおおむね正しいと!

◆ 文明8年 1476年 駿河守護 今川義忠横死
山内顕定は道灌を駿河へ派遣!
そのすきに景春挙兵!
兵站を狙う!
太田道灌は動かない!
この乱を扇谷家のために利用する!
相模と南武蔵を抑える!
扇谷定正は動かない?
この辺りは、土豪、国人領主は有利な方に付く!

「江古田・沼袋の合戦」 長尾景春の乱における局地戦
・文明9年 1477年 太田道灌と豊島泰明との間で行われた

景春は失敗し、道灌の戦略は成功する!!
ここらはなじみも無くわかり難い!
参加した武将は? 一応聞けば知っている一族も多い!
鎌倉以来か?

古河公方側
古河公方  足利成氏
結城氏   結城成朝、結城氏広、多賀谷氏家、多賀谷朝経
簗田氏   簗田持助
小山氏   小山持政、小山成長
宇都宮氏  宇都宮明綱、宇都宮正綱、宇都宮成綱
里見氏   里見義実
小田氏   小田持家、小田朝久、小田成治
上総武田氏 武田信長、武田信高
上総酒井氏 酒井定隆
岩松氏   岩松持国、岩松次郎、岩松成兼
下那須氏  那須資持、那須資実
成田氏   成田正等
筑波氏   筑波潤朝
下総千葉氏 馬加康胤、原胤房、原胤茂、千葉孝胤
白井長尾氏 長尾景春
高梨氏   高梨政高
村上氏   村上政清

堀越公方側
堀越公方  足利政知、渋川義鏡、上杉教朝、上杉政憲
山内上杉家 上杉房顕、上杉顕定、長尾景仲、長尾景信、長尾忠景、大石房重、大石顕重
八条上杉家 上杉持定
扇谷上杉家 上杉持朝、上杉顕房、上杉政真、上杉定正、太田道真、太田道灌、三浦時高、大森氏頼
越後上杉家 上杉房定、上杉定昌
犬懸上杉家 上杉憲秋、上杉持房、上杉教房
足利長尾氏 長尾景人、長尾定景、長尾房清、長尾景長
岩松氏   岩松家純、横瀬貞国、横瀬国繁、横瀬成繁
上那須氏  那須氏資、那須明資
武蔵千葉氏 千葉胤直、千葉胤宣、千葉胤賢、千葉実胤、千葉自胤
東氏    東常縁、東縁数
宇都宮氏  都宮等綱
本庄氏   本庄信明
今川氏   今川範忠、今川義忠
武田氏   武田信昌

佐竹、八田は???

4年後和議が成立! 「都鄙合体」
・文明11年 1479年 成氏は幕府とも和議を申し出、文明14年11月27日 1483年に至り、
幕府と成氏との和睦が成立し、成氏が引き続き関東を統治する一方で、
伊豆の支配権については政知に譲ることになる!

◆ 関東三分
山内顕定と扇谷定正は??
堀越公方が浮いた状態になる!
関東は三分される!
・古河公方
・山内家
・扇谷家
直ぐに崩れる和平か??
道灌、景春に対する不満、疑惑が出る!
やっかみ、嫉妬か??

・文明18年 1486年 定正は道灌を誅する!
道灌は「当方滅亡!」と叫ぶ!
扇谷家は終わりだ???

・長享元年 1487年 山内、扇谷と全面戦争に?
この時期を景春は見逃さない!
かっての敵を助ける!

・明応3年 1494年 定正政落馬頓死 定正の養子 朝良が後継である!
・永正元年 1504年 朝良と景春は今川氏親の援軍を得て山内軍に勝つ!
今川に伊勢宗瑞がいる!
18年後、朝良は屈する!

・永正3年 1506年 古河公方の内紛で内乱になる! 永正の乱!
・永正4年 1507年 越後で守護代長尾為景が主君を嗜虐、実権を握る!
・永世7年 1600年 顕定 死亡
景春は67歳! 以降の消息は不明!!

◆ 乱の軍事史的意義
戦いは兵が多い方が勝つ!
長引けば双方消耗する!
家ごとの集団で寄せ集めである!

城郭も永久的ではなく、目的を達すれば破棄される?
「戦術的築城」

戦争も単純なものではなく、頭がいる??
兵法? 孫子の世界になる!
作戦である!
戦場の変化である!
気が付いたどうか??

関東は「敵の敵は味方」
直ぐに手を切り昨日の敵が味方になる!
・太田道灌
貧欲な野心家?
目的のためには戦争を躊躇なく用いる
「名将」であるが「名君」ではないと!!

・長尾景春
戦術家ではあるが、戦略家ではない?
何のために戦ったのか??
不遇の天才戦術家??

 

第二章 伊勢宗瑞と北条氏綱 戦国大名北条家の勃興
関東は??
・古河公方
・堀越公方
・山内上杉
・扇谷上杉
大きく4つに分裂して争っている!
北条は5代100年、内訌も起こさず存在した、まれな存在だと!

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◆ 伊勢宗瑞! 北条早雲である!
・備中伊勢氏
・高級官僚で相応の教養と政治的センスを持っている
・姉 北河殿が駿河守護職今川義忠に嫁いでいる!

・文明8年 1476年 今川義忠関東出兵で落命!
家督争いで扇谷家の太田道灌が派遣される!
範満が家督を相続!
宗瑞の甥、北河殿の子 竜王丸は敗れる!
この頃宗瑞は駿河に下向!
20代後半??

・文明18年 1486年 定正は道灌を誅する!
・長享元年  1487年 山内、扇谷と全面戦争に?
ここで今川の範満を竜王まるを擁立 氏親である!

◆ 伊豆侵攻
堀越公方 政知が不遇をかこっている!
本来なら自分も将軍後継の資格がある!
3人の息子がいる!
・茶々丸
・順童子
・清晃

細川政元が、清晃を次期将軍に?
これに政知は乗る??
順童子に堀越公方を継がす??
・永徳3年 クーデター前に政知死亡!
茶々丸は、順童子と母を斬り自力で家督を奪う!!

・明応2年 1493年 清晃は11代将軍 義澄になる!
茶々丸に対する恨み骨髄か???
討伐を命じるが、逃亡……… 終わっている!

・明応3年 1494年 宗瑞は関東に出兵する!!
・明応7年 1498年 宗瑞は甲斐で茶々丸を討つ
・永正元年 1504年 山内顕定は扇谷山内領に侵攻
氏親と宗瑞は撃退!

・永正2年 1505年 扇谷朝良は屈する! 長亨の乱終了!
・永正3年 1506年 相模西部で検地を実施

◆ 戦国大名への道!
古河公方で内紛 
政氏と嫡男高素と不和になり全面戦争へ………
・永正6年 1509年 山内顕定・憲房親子は長尾為景討伐で、越後出兵
が、顕定戦史!
弟顕実が継ぐ!

・永正9年 1512年 宗瑞は扇谷軍の岡崎城攻略
・永正10年 1513年 三浦道寸の三浦半島に兵を進める
・永正13年 1516年 新井城陥落
・永正15年 1518年 扇谷朝良死亡で政氏は高基に譲る!
高基の弟、義明は不満で小弓に居を構えて、小弓公方を称する!

◆ 伊勢宗瑞は何故伊豆に来たのか?
京におっても活躍できた?
三好長慶や、松永弾正のように………
宗瑞は下剋上を行っていない?
乱世の隙に乗じて対立を煽り、勢力拡大する!
不満分子を糾合し、足軽の有効性を上手く使う!
宗瑞は旧暦の8月に軍事行動を起こしている!
略奪をエサにしている?
・永正15年 1518年 宗瑞は氏綱に家督を譲り、亡くなる!

【脂ぎった梟雄ではなさそうである】

◆ 簒奪から建国へ 北条氏綱!
奥州藤原氏
・藤原清衡
・藤原基衡
・藤原秀衡
・藤原泰衡  滅亡
二代目 基衡は影が薄い??

北条家
・伊勢宗瑞
・北条氏綱
・北条氏康
・北条氏政
・北条氏直

比較すると分かる!
2代目 藤原基衡と北条氏綱は影が薄い!!
もっと評価されても良い!
4代目、藤原泰衡と北条氏政は評価されない!
北条氏政は父氏康から、飯に二度汁をかけて非難されている??
・永正15年 1518年 氏綱は家督を譲られる! 31歳である!
「虎の印判状」

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領国支配に役立つ!!
この官僚機構は、
・知行
・軍役
・課役
それらをきちんとして内政に取り組む?
江戸城攻略に向かう!
扇谷朝興は対抗上結ぶ!
・山内憲政
・甲斐武田信虎
・長尾為景を引き入れる!
積極攻勢である
・江戸を脅かす
・武田軍の相模侵入…………

氏綱は? 四面楚歌???
・江戸城攻略
・長尾為景に調略を仕掛ける! 失敗!
・今川氏親死亡、氏輝が相続
が甲斐武田に近づく!

◆ 氏綱は動く!
・敵の敵は味方
・遠交近攻

・三浦半島へ介入
・阿波に侵入
・上総武田氏の内紛
・今川氏輝と甲斐侵攻
・天文5年 1536年 氏親死亡
「花倉の乱」で今川義元誕生!
これには北条、武田が義元を支持する!
が義元は武田から娘を妻に迎える!
北条より武田を選んだ?

・河東一乱 氏綱は義元と断交!
・この時期安房で氏綱軍は孤立! 帰国出来ない!!
謝罪と弁明を繰り返し撤退できる! 謝罪で済めば安いものである!

・扇谷朝興が死亡! 以降失敗で退勢になる! 終わりである!!

・天文7年 1538年 第一次国府台合戦
小弓公方 足利義明は房総の諸将と氏綱に挑む?
氏綱は戦意不足と見て敵前渡河を強行!
これを足利義明は渡らして決戦する!
【宋襄の仁??】
義明、嫡男、弟と戦死!!

◆ 100年帝国のいしずえ
・鶴岡八幡宮再興
これにカンパを求める!
踏み絵になる?
氏綱か、公方・管領のどちらを選ぶのか??

氏綱の獲得した者は?
一 臨時徴税を迅速・正確に行う
二 大量動員
三 同じく大領物資を調達・集積する
四 家臣の負担能力の把握

・天文8年 1539年 氏綱は娘を古河公方晴氏の室に入れる!
宗瑞は堀越公方を、小弓公方は氏綱に抹殺され、
扇谷家は消滅寸前!
古河公方も氏綱が手に入れる?

・天文9年 1540年 氏綱死亡、氏康が後を継ぐ!

◆ 氏綱は名将!
・守成の功
宗瑞は「他国を椋め取る」が氏綱は「自分の国を造る」
獲得した範囲は広くないが確実に重要地点を確保した!
印判状で合理的に支配した!

・優れた用兵家
江戸城奪取、河越城攻略、国府台合戦で勝てるように戦っている!
冒険はしないが、大胆でもある!!

褒め過ぎか??
・綿密な計画性と臨機応変
・冷静さと果断さ
・戦略、外交、謀略、内政にバランスの良い資質を有している
・戦国最優秀武将の一人!
・5代100年の王国のいしずえか???

 

第三章 武田信虎の甲斐統一戦 名門守護家から戦国大名へ

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評価は高くない??
肖像は、息子信廉が描く!

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◆ 甲斐統一戦
甲斐は山国である!
駿河、信濃、相模、武蔵と国境を接している!
信虎は河内源氏の流れである!
・寛政6年 1465年 武田信昌により甲斐の騒乱は終息
・延徳4年 1492年 信昌は嫡男・信縄でなく、次子油川信恵に譲る
信昌・信恵は今川氏親・伊勢宗瑞と連携
信縄は茶々丸と連携!

・明応7年 1498年 大地震に台風! これで和解!
信縄が後継者!

・明応3年 1494年 信縄に男子が誕生! 信虎である!
・永正2年 1505年 信昌死亡
・永正3年 1506年 信縄死亡
信恵はこの時期に兵をあげる!
信虎は若くして勝利を得る!

・永正12年 1515年 大井信達が叛旗を翻す!
今川氏親は反信虎であるが、あっさり講和する!
信虎は大井信達の娘を正室に迎える!
戦利品か

・永正16年 1519年 本拠地を躑躅ヶ崎に移す!
来るべき乱に備える!!
直属の傭兵を持つ!!!

◆ 対外戦争へ
・大永元年 1521年 今川軍が侵入!
今川撤退!
この時期に信玄が生まれる!
信虎は甲斐一国の当主であると示す!

同時期は?
・氏綱が武蔵侵攻である!
・扇谷朝興 山内家と融和、信虎に共闘申し入れ、
小弓公方義明、里見、上総武田らに働きかける!
朝興は叔母を信虎の側室に差し出す!
娘を晴信の正室に? 死亡!
なりふり構わない??

・享禄4年 1531年 甲斐内で叛乱!
徹底的に壊滅を図る!
統治に持ち河を入れて、「信虎」の朱印を用いる!

・天文3年 1534年 今川氏輝 北条と結び甲斐侵攻!
・天文4年 1535年 信虎は今川領侵攻 北条氏綱が甲斐侵攻!
・天文5年 1536年 今川氏輝と弟急死!
「花蔵の乱」
義元が後継者で勝つ!
武田と今川が支持???
甲駿同盟!
・信虎の息女は義元の正室に
・晴信の晴は将軍義晴の晴を貰う!
・信玄に三条公頼の息女を正室に迎える!

新たな展望が開ける!
・天文6年 1537年 扇谷朝興死亡!
・天文8年 1539年 信虎は信濃侵攻!
・天文10年 1541年 甲斐大飢饉!
信虎は駿河へ訪問!
クーデターで晴信は信虎追放??
北条氏康が病に倒れて、氏康が家督を継ぐ!
時代の変わり目である!

◆ 信虎のその後!
・信虎は今川家を頼る
・義元に嫁いだ娘が亡くなり上京する
・将軍義輝に伺候する
・殺害後、義昭に伺候
・義昭追放後、信玄病死!
・武田に戻る!!

◆ 信虎の戦略と限界は
・追放時48歳、信玄20歳!
要は信玄を正当化するためことさら悪く書かれる?
勝頼もである??

信虎の領国経営は?
一 強引な権力集中が反発を招いた?
二 外征の軍事負担? 信玄の時代方が多い!
三 場当たり的な外交?  臨機応変か?
四 飢餓など国内の疲弊?
どうも当てはまらない??
それより人間性に問題がある!
貧欲で猜疑心が強く、残忍な独裁者に成長したと!
晴信が危機を抱いて先手を打った??

この時期は世代の交代がある?
・長尾為景
・今川氏親
・北条氏綱
・斎藤道三
・織田信秀………
いずれも自分で勝ち取っている?
中央集権を進めての権力集中?
が国内をその気にさせることも必要である!
・風林火山
・毘
・天下布武
・厭離穢土欣求浄土

・天正2年 1574年 故郷に戻り81歳で死ぬ!

 

第四章 長尾為景の下剋上 権力簒奪の甘い罠
◆ 戦国大名は?
⑴ 守護大名が戦国大名に
・甲斐 武田
・駿河 今川
・豊後 大友
・薩摩 島津

⑵ 守護代が戦国大名化
・越前 朝倉 斯波氏から
・美濃 斎藤 土岐氏から ただし道三の父親が何者か分からない! ⑷か?
・出雲 尼子 京極氏から
・周防 陶  大内氏から

⑶ 地方領主から戦国大名に
・陸奥 芦名
・近江 浅井
・安芸 毛利
・土佐 長曾我部

⑷ その他
・伊勢宗瑞
・土佐中村 一条氏
・松永弾正

◆ 守護と守護代
越後は長い!

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長尾為景は越後守護代 長尾能景の嫡男である!
・文正元年 1466年 山内上杉房顕が関東で死亡!
次男 顕定が継ぐ!
扇谷上杉定正と戦う!
・享徳の乱
・長尾景春の乱

・長享元年 1487年 
山内上杉顕定と扇谷上杉定正が戦う!
この頃に為景が生まれる!

・明応3年 1494年 越後守護職上杉房定が死亡!
定昌  戦死
顕定  関東管領
房能  後継者

房能は税を徴収しようとする!
反対も多い!
叛乱されて討伐に負ける??

・永正元年 1504年 兄、顕定の求めに応じ関東出兵!
扇谷家を屈服させる!

・永正3年 1506年  越中に侵攻
長尾能景戦死!
嫡男 為景が後を継ぐ! 18歳の守護代!

・永正4年 1507年  為景は打倒房能の兵を挙げる!
房能を自害に追い込む!
反為景の兵が挙がる?
ここで大金を使い定実を越後守護に、自身を守護職にする!

房能の兄 顕定が越後に兵を進める!
為景・定実は越中に逃げる!
情勢が変わり顕定は討ち死に!

・永正9年 1512年  為景と定実が対立!
越後栄正の乱!
定実は幽閉されて、自派の勢力は各個撃破である!
壊滅状態で、房能は解放さて復帰するが、何の意味も無い!

・永正15年 1524年 越中に侵攻
・大永4年  1524年 北信濃出兵
・享禄元年  1528年 幕府に守護を認めさす!
嫡男に、将軍義晴の晴を貰い「晴景」とする!

・享禄3年  1530年 謙信生まれる! 虎千代である!
・天文2年  1533年 越後天文の乱!
為景VS定憲!
為景不利で、出家隠退、晴景に家督を譲る!
為景48歳!

◆ 簒奪と苦闘の軌跡
越後は火薬庫か??
定実が子供がいないので養子を迎える!
伊達稙宗の子に目を付けたが、賛成反対でどうにもならない!
これに晴景も巻き込まれる!
この時期、景虎は軍事的才能を見せる!

・天文17年  1548年 晴景は景虎に家督を譲る!
景虎の軍事的才能か?

長尾家は今川や武田とは違うと!
苦労人である?

・天文21年 管領山内憲政が、越後に亡命し名跡の譲渡を申し出る!
景虎は上杉を名乗るが、国内はまとまらない!
が、今川、武田、北条は滅びたが、上杉は残った!

 

第五章 河越夜戦 北条氏康、勝機に賭ける
◆ 「河越城の戦い」はあったのか?
・大永4年 1524年から4度にわたる争奪戦が展開された!
北条氏綱は武蔵制圧のため、上杉氏の居城・河越城に侵攻!

・天文15年 1546年 「河越城の戦い」で特に有名な、5度目の戦いで、
日本三大奇襲の一つ「河越夜戦」である!
ただし、この河越夜戦の実態は史料が少なく不明瞭であり、その存在自体を否定する説もある!

北条氏康軍と上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の3者連合軍が武蔵の河越城の付近で戦闘し、
北条軍が勝利を収めた戦いである!

◆ 河越は??
関東平野の要衝である!
参加兵力は?? 調べてみた!

・北条軍
北条氏康
多目元忠

・河越城
北条綱成
北条綱房
北条幻庵
大道寺盛昌

・両上杉・足利連合軍
・山内上杉軍
上杉憲政
本間江州
長野業正
長野吉業
倉賀野行政
上泉信綱
小幡憲重
赤堀上野介

・扇谷上杉軍
上杉朝定
難波田憲重
大石定久
太田資正
成田長泰
上田朝直
藤田康邦

・足利軍
足利晴氏
小田政治

上杉憲政は関東管領の地位と領国を失った?
・大永5年 1525年 父・山内憲房死亡
継嗣は古河公方から養子の慶寛!

・享禄4年 1531年 
憲政は実力で追い出すが、関東管領もかっての力はない!

・天文8年 1539年 
古河公方晴氏のもとに氏綱の娘が嫁ぐ!
氏綱を管領に任じた!

・天文10年 1541年 氏綱病死で、氏康の譲る!

他の役者は??
・武田晴信  
・今川義元  氏綱より晴信を選ぶ

これに氏康も加わると、甲相駿同盟になる!

◆ 河越城攻囲
・天文14年 1545年
氏康と北条主力が駿東で拘束されている!
山内憲政・扇谷朝定はこの機会を見逃さず河越城を包囲する!
これに古河公方晴氏も参加する!

・天文15年 1546年
晴信の調停から5カ月後に始まる!
山内憲政・扇谷朝定は楽観的になる?

◆ 両軍兵力は?
・河越城籠城  3千
・氏康     8千
妥当な数だと! 1万1千!

・山内憲政   3千
・扇谷朝定   1万2千
・古河公方晴氏 5千  戦意??
軍記では8万と言うが、2万ぐらいか?

状況を氏康は見る!
勝機はあると!

◆ 決戦は??
北条は動く!
どうも戦意の問題のようだ??
夜間行軍し、未明に戦う!
各個撃破?

連合軍は勝つチャンスはあった………
兵力、作戦も妥当であった?
作戦の実行!
連合軍は、強攻すべきだった??
氏康の援軍はまだである時期に………

氏康は決断し、綱成も積極的に打って出た!
思い切りのよい博打!!
リスクのない戦いは無い!!

◆ 戦い済んで?
・扇谷家
当主朝定と宿老を失う! 滅亡である!

・山内憲政
最終的に越後に亡命!
付き添ったのは20人?

・古河公方晴氏
儀礼的、形式的な意味しか持たない!
飾りである!!

結果、全て北条のものになった?
そして甲相駿三国同盟になる………

 


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